「冬ざれや天球を負ふ肩の骨」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
ちょっとマイナーなネタかもしれないから、俳句にして大丈夫かな……と思ったが、googleで「天球を負う」と入れただけでアトラース(=アトラス)が出てきたから、話題としては多分問題ないと思います。
着眼点が非常に良く、季語を抜いた「天球を負ふ肩の骨(≒筋肉)」だけで、既に俳句として完成してます。この場合、季語は(ある程度)何を入れても句として成立しますが、「冬ざれ」だとアトラスの置かれた厳しい状況が引き立ちます。ここも問題なし。
余談ですが、季語以外の十二音だけで俳句として完成している(=句景と詩情を十分に確保できている)句を、私は「十二音俳句」と呼んでいます。
秋朝やバタにフォークの穴四つ(村上健志・フルポン村上)
この類の句は、季語がある程度動く(他の季語を入れても成立する)事が多いですが、非常に安定性が高くて強力な句である事が多いです。「俳句というのは季語を引き立ててナンボ」という考え方もあるようですが……私個人としては、季語が不要なくらい強力な十二音を発見した書き手に敬意を表したいです。
点数: 1
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「ファルネーゼのアトラス像」を3回も観た愚息の一言は、「何度観ても圧巻」でした。