「安寧を重ねし樅の白さかな」の批評
おはようございます。
慈雨様からも出ている「おウチde俳句
くらぶ」の「俳句季語
辞典」
こちら、「歳時記
」として使うには信頼性が乏しく、
夏井いつき
先生が注意してあきらかに季語ではないものの削除を指示したり、
『なお、季語の選定・採用含め、夏井いつき先生は一切関与しておりません。
朝日出版社の責任下で収録・サービス提供しておりますのでご了承ください。』
というお断り文書を入れさせたりするなど、若干、ネット俳人を困らせている代物です。
例句(つまり過去句の実例)の掲載もなく、
私も単語の参考程度に使っていますが、歳時記としては使っておりません。
ネットでは「安寧」以下の情報も出てきます。
「安寧」
② 冬の別名。《 季語・冬 》
[初出の実例]「安寧」(出典:俳諧・俳諧小筌‐冬(1794))
[その他の文献]〔爾雅‐釈天〕
引用:コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%89%E5%AF%A7-429657
ということで「安寧」=「冬」という意味で使われていた、という過去はあるようです。が、どのように使われたか和文・漢文含め実例がやはり見つかりませんでした。
(余談ですが、歳時記以外の辞書・辞典の類の「季語」表記については、過去にかなりおかしなものがあった経験があり、私は信用しておりません)
このような単語を「季語」として使うかどうか?受け手はどう判断するか?
こういうケース、いくつか分岐的に思うところがありまして、
①作者がこの単語を使った意図
A.季語と信じている。疑ってない
B.季語と認められない可能性を含むチャレンジの句。新しい季語の発掘。
C.よく調べていない。なんとなく。
今回はAのようですね。
②Aの場合、どこまで「信頼できる情報」か
D.俳人が編集に関わっており、名前も出している歳時記
E.俳人の関わっていない歳時記
F.歳時記のようななにか(書籍・辞書など)
G.信頼できる俳人が「季語とみなしていい」と発言した
H.どこの誰とも知らない人が「季語」と言っていたという情報(Yahoo知恵袋や、個人のブログなどでありがち)
ここ、実はFじゃないかな・・?と思うのですが、どうでしょう?
このあたり、今後の作句に関わりますので、晩乃さまは整理されてもよいと思います。
③で、句の受け手が「安寧」を季語として認める場合
I.「成立している独立した季語」とみなすか
J.今後一般的な歳時記に掲載される可能性のある「チャレンジの季語」と見るか
K.冬の異称のため「冬の傍題」とみなすか
L.「今回は例外的に季語とみなす」とするか
M.その他
こんな感じでしょうか。今回の経緯を考えると、ある程度季語を扱っている俳人にはKとみなされることが多いと思います。
なので「わざわざ「レアな傍題」を使う理由について」という目線でコメントされがち、になりそうです。
晩乃さまはIJK、そこまで深く考えずに使った感じはしますね。
上記をふまえて、句の内容については、あらちゃん様、慈雨様と似たような感想を持ちました。長くなりましたので省略させてください。
添削のお礼として、イサクさんの俳句の感想を書いてください >>
樅→もみ
季語:「安寧」冬の別称
こんなに観念的な季語があるのかと驚きましたが、広辞苑のそれとは意味が違うのですね。一応、どちらの意味でも通じるように努力はしました。他に面白い季語があれば教えてください。