「雲あれば雲映したる冬の水」の批評
回答者 げばげば
こんにちは。いつも勉強させていただいています。
御句。境地の俳句といった感じですね。冬の水の透明に冴えた静けさを端正によんでいます。
上五あれば、にはいろんな意見があるかと思います。
わたしはこの淡々とした語り口に味があると感じます。
雲があれば雲を映すが、雲がなければ何も映さない。このやわらかい不確定さが、無常感をほのめかして冬が動かないように感じるからです。
すばらしい句です。そのうえで、
何を詠みたいかによってさらなる推敲はあるかもしれません。
・まずは、映したる、なのか、映りたる、なのか。冬の水の能動なのか受動なのかで受け取りは変わります。
・次に、切れは如何に、です。映したり、映しけり、と切れがあるとどんな印象になるでしょう。
特に、けり、であれば、ずっと見ていたのだが改めて気づいたというニュアンスが強くなります。
・あれば、とあらば、はどうでしょう。雲がある今に詠んでるのか、雲がない今に雲がもしあれば映しているだろうと詠むか。後者は象徴的になり、前者は写生寄りかもしれません。
・最後に、映す、という動詞を嫌うか否かです。たとえば他の動詞はどうでしょう。
宿す、などもありますね。そうなると表面に映すイメージより内に受容する静謐さもあるかもしれません。
最終的に
雲あらば雲宿しけり冬の水
となりましたが、これは逆を選択してみた形であり、原句の
雲あれば雲映したる冬の水
がかなり好きです。
何を考えて推敲していくのかの頭の中の一例として提示しただけで添削とかではありません。
慈雨さん、いつも勉強熱心で刺激的です。
点数: 2
添削のお礼として、げばげばさんの俳句の感想を書いてください >>


自句自解なしですみません。
どんなことでも、よろしくお願いいします!