「小松菜や一切れのなほ箸つかず」の批評
晩乃さま、こんにちは。
「引越の~」へのコメントをありがとうございました。
そう、実は花言葉も調べて使いました!冬という時期の引っ越しの不安にピッタリだなと思い。基本的には花言葉を意識して季語
を選ぶのは邪道だと思っています(あくまで季語の本意で選びたい)が、隠し味的な要素としてはアリかなと。
気づいてくださる方がいるとは思ってなかったので嬉しいです。
御句、あるあるを切り取った一句ですね。ユーモアもあって佳いですね~。
皆様のコメントもぞれぞれ勉強になります。遠慮の塊、は関東でも使いますね。迷い箸は少し意味が異なると思いますが、それで良ければ面白い言葉だと思いました。
初心者の方だと認識すれば「素晴らしい!」で終わりなのですが、晩乃さまはもうそういうレベルではないと思うので、少し深入りさせていただいて…。
「小松菜や」と最初に季語を詠嘆するのは俳句
の基本形ではあるものの、この句ではほんの少しだけ違和感を覚えました。残り一切れという食事の終盤になって「おお、小松菜だ!」と詠嘆しているように見えてしまうのと、意味的にも「一切れ」につながっているので。
・小松菜の一切れはなほ残りけり
・小松菜の一切れ残る夕餉かな
平凡すぎる気はしますが、一応置かせてください。。
またよろしくお願いいたします。
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最後の一口をさらうのが誰しも気まずく、まじないのように残り続けるあの現象です。本当はほうれん草だったのですが、ちょっと淡白で地味な小松菜の方が、句の世界観に合っていると思いました。小松菜さんごめんなさい。