「縁側で干藷並べて一人笑む」の批評
回答者 おかえさきこ
おはようございます、私も干し芋大好きです!ご自分で作られるなんて素晴らしいですね〜
歳時記に載っていないので、他の季語
を使っても良いのかと…(年中 スーパーにも売っていますし)
・縁側に干し芋並べ日向ぼこ
自分も一緒に 日向ぼこしているみたいな…
どうでしょうか…??
また楽しい 句をお聞かせください。
点数: 1
添削のお礼として、おかえさきこさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 白梅 投稿日
回答者 おかえさきこ
おはようございます、私も干し芋大好きです!ご自分で作られるなんて素晴らしいですね〜
歳時記に載っていないので、他の季語
を使っても良いのかと…(年中 スーパーにも売っていますし)
・縁側に干し芋並べ日向ぼこ
自分も一緒に 日向ぼこしているみたいな…
どうでしょうか…??
また楽しい 句をお聞かせください。
点数: 1
添削のお礼として、おかえさきこさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 みつかづ
こんにちは。貴句、拝読いたしました。
こちらも、日常の中の静かな幸福を丁寧に掬い上げた句と私めは思いました。
「縁側」、「干藷」、「一人笑む」という語が何れも柔らかく、余計な修飾が
無い分だけ、暮らしの手触りと自己完結した充足感がきれいに伝わってくると
私めは思いました。
ジョイさんの作品の多くに共通する「穏やかで、誰にも邪魔されない幸福」との
基調が、ここでも生きている様に思いました。
私めからの指摘点は1点。今回も助詞「で」と「に」の違いでございます。
口語においても、大まかに以下の様な使い分けでございます。
「で」:動作が行われる場所(例:子供達が公園のグラウンドで駆け回っている)
「に」:存在や状態の場所を示す(例:老夫婦が公園のベンチに座り続けている)
句中の主要な動作は「干藷並べて」であり、作者は確かに動いていますので、
「縁側で並べて」は文法的には成立いたします。
しかし、句末の「一人笑む」は静的な情景でございます。
つまり貴句は、「干す動作」そのものよりも、
「干し終えてふと微笑む」その余韻を描いた句と読み解けます。
その為、「に」とする事で視線が静止した風景に定まり、
季語「藷」の陽光に由る温もりもより引き立つのではないでしょうか。
私めからの添削提案は以下でございます。
・縁側に藷干し並べ一人笑む
助詞「に」の採用で情景が静止し、温もりの焦点が「縁側」に収束いたします。
また、接続助詞「て」を払う事で動作の連続が断たれ、「並べ」と「笑む」が
ほぼ同時の瞬間として響き合い、「静の中の動」、或いは「余韻」が生まれると、
更に「干藷並べて」では説明的な調子になりますが、「藷干し並べ」とすると
和語的な凝縮が効き、古風な趣が添えられるのではないかと
私めは判断いたしました。
なお、頓さんご指摘の通り、「甘藷(かんしょ)」や「干芋(ほしいも)」との
混同・誤読を避ける為、季語を「藷」とし、複合動詞「干し並べる」を
用いて語順を変えております。これは作者コメントを踏まえた措置でございます。
以上でございます。お目通しいただき、感謝を申し上げます。
点数: 1
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 めい
ジョイ様。
勉強させていただきます。
御句、初読、因果と説明的、散文的を感じました。
縁側で、甘藷を並べて、一人ほほえんでいます。という句意であるなら、。
縁側での で の助詞が説明的。
甘藷を並べた→微笑んだ。
これが、因果。
厳しくて、すみません。
また、よろしくお願いいたします。
点数: 1
添削のお礼として、めいさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 慈雨
ジョイ様、こんばんは。
ご自身で育てられたサツマイモ、いいですねぇ。干している時間の幸せが伝わってきます。
「干藷」、私の手元の歳時記にはありませんでしたが、ネット歳時記「きごさい」には「甘藷(さつまいも)」の傍題として出ていますね。このまま使って大丈夫そうな気はしますが。
「ほしいもならべて」と中八になっているのは修正したいところです。
いっそ有名句のオマージュで
・縁側に干藷並べうふふふふ
なんてしちゃっても。
(三月の甘納豆のうふふふふ/坪内稔典)
またよろしくお願いいたします。
点数: 1
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
自分で栽培したサツマイモ、蒸して切って並べて
日当たりのいい縁側で干している。
それを食べるのはほぼ自分である。
さつま芋は甘藷と読むように、以前にたくさんの方から
ご指南。干し芋は干薯(ほしいも)でいいのでしょうか。
そういう記述を見ました。