「寂光の浄土すなはち花野かな」の批評
回答者 みつかづ
こんばんは。貴句、拝読しました。
皆さんが褒めている理由が、私めにはサッパリ分かりません。
「すなはち」。俳句はいつから数学になったのでしょうか?
これでは、タダの定義付けではございませんか。
定義付けなんて「説明の最たるもの」ではございませんでしょうか?
単語「すなはち」
時間的な間を置かないこと
一:名詞
① その時。即時。即座。
② その頃。当時。当座。
二:副詞
すぐに。直ちに。たちまち。
三:接続詞
① つまり。言い換えれば。取りも直さず。
② そこで。それで。
③ そのようなときには。
観念句であったとしても、「えっ? あらちゃんさんは亡くなりそうなの?」と
誤解を受け、心配されますよ、その字面では。
季語「花野」は句の主役に立っておりますでしょうか?
そもそも、詩なのでしょうか?
添削は不可能なので、作句例を挙げさせていただきます。
・花野にやあらむ寂光の浄土は
「にやあらむ」を品詞分解すると以下です。
断定の助動詞「なり」の連用形+係助詞「や」+補助動詞「あり」の未然形「あら」+推量の助動詞「む」の連体形
これで、疑問・反語の意味になり、観念句としても季語「花野」が
立ちませんでしょうか?
比良山さんのご指摘を一方的に敵視するのではなく、「ご自身の句は、態度は
他者からどの様に見られているのか? 字義はどうなっているのか?」を
しっかり推敲・内省なさるべきではありませんでしょうか?
4年以上、詩人としてのキャリアがおありなのですから。
全てに力を込めてくださいとは申しませんが、
キメるものは美しくキメてくださいませ。季語がかわいそうですよ。
どのみちお返事いただけませんでしょうから、これが最後の私めからのコメント、
添削になるやもしれません。
それをお決めいただくのは、あらちゃんさんご自身でございます。
以上です。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 2
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花野の写真を見て一句。