「浮かびては消ゆる湯玉や九月尽」の批評
流れ星の句にコメントありがとうございます。
空から降ってくる怖いものは確かにアンゴルモア的ですね。
念頭に置いていたのは、燃え尽きる星から今際の際を連想して「くだん」のようなものでした。
当時は幻想に偏りすぎるのと飛び道具的テーマで個性を出そうとするのは良くないと思っていたので(今は開き直り気味)投稿しなかったのですが、皆様に悪くないと言っていただくと途端にこっちにすれば良かった!と思ってしまう…。
現金な、というか自選ができてない証拠ですね。
ポストは今日見たら4句中2句ひっそり載ってました。
当時1番気に入っていた句はやはり今見るとおかしなところが多く選外に。
句作もそうですが見る目を養わねばと思うこの頃。
そして兼題「花野」難しかったですね〜( ;∀;)
「蓑虫」はまだとっつきやすそうかな?お互い良い句が生まれることを願って。
「九月尽」来ましたね。
イサク様のフェンスといい、自らテーマを作ってその縛りの中で詠むの真似できないなあ。
「八月尽」の句を念頭に置いているのもあり、これもやはり自身の句作がテーマの句のように読めました。
素晴らしいアイディアが浮かんだと思えば消えていく、掴もうとしても届かないという産みの苦しみの句なのだと。
イサク様の指摘は成る程と思ったのですが、そう考えると「浮かんでは消える」のが大事なのかなと思ったのですがどうでしょう。
でも省略して「それを見ている主体」の存在を強調する描写を入れるのも良い気がしますね。
十七音の縛りの中でこんなに表現があるんですよね〜自分の句はほとんど衝動で作っているのであんまり感じないのですが、沢山勉強している人の句やコメントを見るとつくづく思います。
添削のお礼として、知世さんの俳句の感想を書いてください >>
七月尽は止まれの標識、八月尽は瘡蓋ということで九月尽も詠んでみました。
しりとり俳句で、「浮かんでは消える島影秋の潮」というなおじいさんの名句が生まれる傍で生まれていた句をこちらで。
みなさんご意見をよろしくお願いします。