「くじびきで決まる明日やみな笑顔」の批評
こんにちは。
いつも鋭いコメントありがとうございます!
止まれの句、コメントありがとうございます。
すべて知世さんの読み通りですね。鑑賞力に圧倒的なものがありますね。しかも、私の過去作品まで理解してくださっていて。
実は「夏の果」のアンサーソング?として作句しました。
その一方で、この七月尽、暦の上では夏は終わるが、まだまだ夏本番のようなこの時期に「止まれ」という標識を見て、みなさんはどういう気持を抱かれるか、印象はわかれるかなと思ったんです。いつもは私の気持ちを再現化したい!と思ってましたが、今回は読者に預けてみようという試みでした。
でも、ばれましたね、知世さん。「ぞ」という措辞に私の強い抵抗が表れてましたか。そうなんです。「止まれやとー。止まってなるものかー!」これが私側の心情で、それが出てしまってるんですねー。そう考えると助詞ひとつってすごいなあと思うし、助詞ひとつで見抜く知世さんにも驚かされるわけです。読者に預けるなら、そこまで感情を消しておかないと、そういうところが私は出てしまってますね。
そして、御句。みなさん、それぞれそこはかとなく句風のようなものがあるという話でしたが、知世さんは冒険という句風なんだと思っています。
今句、くじびき。これは悩みました。あえての無季に対する意図をなんとかくみ取ろうと。くじびきって明日何があるんや。決まる明日で強く強調。明日何があるのか。サマージャンボも先やし、高校野球抽選でもないし。でもそういうことなら有季にするだろうしなあ。
でも、かぬまっこさんのおっしゃる通り下五に季語
を持ってきてもいいはずなのに、あえて考えての「みな笑顔」。
うーむ、どういう意図なのだ。それによってはコメントが変わってくるのに、その意図が読み切れない、くっそーーーー。
というわけで、知世さんの鑑賞力に対して、私は鑑賞の力が足りないなあ、悔しいなあと思ったわけです!またどこかで種明かししてください、くっそー。
何のくじ引きかわかってないけど、明日みな笑顔になれるといいですね!
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うっかりでも横着でもなく意図した無季です。
風刺でもないです。