「紅梅や吾子卵焼き上手く焼け」の批評
はじめまして。
本当に俳句
は初めてでしょうか?
季語
とそのほかの部分の取り合わせが、とても良い距離感だと思いますし、よい場面を切り取ろうとしていると思います。
「娘が玉子焼きを上手く焼きました」というお気持ちを全部説明しようとしているので、少し窮屈に感じます。
まず、「吾子」は単に「子」でも、作者の子だと理解できそうです。その1音で助詞を入れて、少しだけ窮屈感を除きたいです。
・紅梅や子の卵焼き上手く焼け
こういう「一文字を変えてみる」ところからいろいろ検討してみてください。
以下はやや応用編です。わからなければ飛ばしてください。
たとえば「上手く焼けた」という説明を少し抜いていくことを考えたいです。セオリーでは「卵焼きの描写」で、成長を感じさせたいなら「子の描写」に寄せる方法もあるかと思いました。
・紅梅や子の丁寧な玉子焼
・紅梅や子のあざやかな玉子焼
・紅梅や八歳の子の玉子焼
最後の句は勝手に年齢を入れてしまいました。焼くのが上手か下手かは省略してしまいましたが、句の受け手に子の成長を感じさせることはできるのではないかと。
いかがでしょうか。
またよろしくお願いします。