もしも今日世界が滅亡するとしたらの第3話 全5話で完結
加奈の使命と、亮平の決意
作者 家節アヲイ 得点 : 0 投稿日時:
街中はパニック状態に陥っていた。
逃げる場所なんてないというのに、車を走らせようとする人。
自暴自棄になって自動販売機を金属バットで殴って壊している男。
そんな阿鼻叫喚の中、俺は加奈の家を目指してひたすら走っていた。
ここまで街中がパニックになっているのにも驚いたが、冷静になって考えれば当たり前のことだ。バラエティでもない、国営放送のニュースで地球が滅亡しますなんて言われて、平然とこたつで煎餅をかじるやつなんていない。
あの後、テレビのどのチャンネルでも、あのTOKIOMAXでさえも地球滅亡のニュースを放送していたのだ。
隕石の件は間違いないことなのだろう。
クラクションの鳴り止まない大通りを駆け抜け、加奈の元へと急ぐ。
電話越しにでも分かる震えた声。あんな加奈の声は初めてだった。
守ってあげなくちゃいけない。
俺ごときに何が出来るのか、という話かもしれないが、少なくとも、彼氏として加奈に寄り添ってあげる位は出来るだろう。
大通りから細道に入り込み、抜けた先。真白な外壁の一軒家には『神杖』と書かれた表札。
額から流れ落ちる汗を拭いながらインターホンを押そうとした時、一階のガラス戸が開き、加奈が飛び出してきた。
庭先に備えてあったピンクのサンダルをつっかけて、こちらに走り寄ってくる加奈。
肩口に切りそろえられたふんわりとした髪は、太陽の光を受けて宝石のように輝き、加奈の動きに合わせて跳ねまわっている。
その中心にあるのは、世界一可愛い顔(だと俺は思っている。異論は認めない)。
いまでこそ、不安からか少し眉尻が垂れているが、普段の元気な彼女は丸い瞳をキラキラと輝かせ、小さな口からかわいい八重歯をちらつかせながら快活に笑うのだ。
そして俺の使命は、こんな不安そうな加奈を、いつもの笑顔に戻すことだと思う。
「ごめんね、亮太くん。急に呼び出したりして……」
「こんな状況じゃ学校行っても仕方ないしね。それに、その…… これでも、加奈の彼氏だしな……」
「っ! ありがとう、亮太くん……!」
自分で言っておいて何だが、今の台詞は行くらなんでもクサすぎたかもしれない。
でも、加奈も喜んでくれているみたいだから、言った価値はあると思う。
次いで、こちらに走り寄ってくる加奈を見た時から思っていた疑問を口にする。
「えっと、ちなみにその手に持ってるやつってなに?」
加奈の手には見覚えのない燦然と輝く白銀の錫杖が握られていた。
大きさは一メートルほどだろうか、ねじれ紋様がなされた杖の先端には宝石のような深紅の球が埋め込まれている。
「……そのことでちょっと話があるの」
「話? この杖のことで?」
「うん。私ね……」
何かを躊躇うように俺と杖の間に視線を迷わせた後、小さな口を開いた。
「……あの隕石、止めてくる」
「……え?」
隕石を止める? 加奈が? どうやって?
目の前に迫った恐怖に心がやられてしまったのだろうか。
「いや、そんなの不可能じゃ……」
「不可能じゃないの。私と、この杖なら」
今までにないほどに真剣な加奈の瞳。
軽々しく嘘だと笑い飛ばすことのできない、凄みがあった。
「……どうやって?」
「え?」
「どうやって、隕石を止めるんだ?」
「信じて、くれるの?」
そんなの有り得ないと一蹴することも可能だろう。
たかが人間一人にそんな神のようなことが出来るわけがない、と。
「信じて……いるかどうかは分からない。どちらかと言えば信じてないのかもしれないけど、信じたい気持ちもあるんだ」
「ふふ、亮太くんらしいね。信じてないとか正直に言っちゃうあたりが」
「俺、らしい……?」
「うん。でも、そんな亮太くんだから好きだよ」
一瞬で顔が熱くなる。加奈の方もそれなりに顔が赤くなっているが、俺はそれ以上に赤くなっているだろう。例えるなら、加奈の持っている杖に付いている宝石位には赤くなっている自覚がある。
いたたまれなくなって話題を逸らすことにした。
「……その杖ちょっと触ってみても良い?」
「うん」
こちらに差し出された杖におそるおそる、右手を伸ばす。
指先が杖に触れようとした、その時だった。
バチィッ!!!
「痛っ!!!」
ナニカに阻まれるように紫電が発生し、即座に右手を引っ込める。
慌てて右手を見るが、特に怪我をした様子はない。しかし、触れた指先は未だにジンジンと痛んでいた。
「亮太くん! 大丈夫!?」
「う、うん。そこまで大したものじゃないから……」
「なんでこんなこと……」
思い悩む加奈を横目に杖を見やる。
加奈が持っている分には何も無いようだが、俺に対してなぜか反発する杖。
そんな不可思議な現象を目の当たりにした以上、加奈の言っている事の信頼性がグッと増したことになる。
つまり、加奈は本当に地球滅亡を阻止する使命を背負っている……?
どうして加奈が、だとか色々思う所は有るけれど、ひとまずはそういうことで納得するしかないだろう。
「それじゃあさ、パパっと隕石止めてきなよ!」
女の子に、しかも彼女におんぶにだっこで地球を救ってもらうというのも、彼氏として情けないけど、どうしようもないのだ。
「その杖、俺は使えないみたいだしさ。よく分かんないけど、加奈にしか出来ないっていうなら、俺も加奈を信じるしかない」
ならば、今は彼女を快く送り出す以外に出来ることはない。
「それで、隕石が止められたならさ。デートに行こう。どうせしばらく学校は休みになるだろうし、のんびり散歩でもしながら「ダメなの……」……え?」
杖を強く握りしめながら俯く加奈。
泣いていると気付いたのは、地面をぽつぽつと濡らす透明な液体に気づいた時だった。
「私はここには帰ってこれないから……」
そう言いながら顔を上げた加奈の表情はくしゃくしゃに歪み、瞳からはとめどなく涙が溢れていた。
「帰ってこれないって、どういう……」
「あの隕石を止めるために必要なのは、杖っていう媒体と、私っていうエネルギーみたいなんだ。エネルギーは、使ったら無くなる。だから……」
「嘘、だろ……?」
「こればっかりは、本当に嘘だったら良かったのにね……」
信じたくない。こんなバカげた話、信じられるわけがない。信じたく……ないのに。
加奈の黒い瞳から流れ落ちる雫は、それが事実だと如実に物語っている。
「本当は、亮太くんが来ないうちに隕石の所に行こうと思ってたんだ。こんな話をしても亮太くんを悲しませるだけだって分かってたから。でもね、ダメだった。最期に亮太くんに会いたいっていう気持ちが止められなかったの。わがままだね、私……」
「わがままなわけあるか!」
俺は思わず叫んだ。加奈はびくりと肩を震わして手に持っていた杖を落としたが、それに構わずわがままな俺の言葉を続ける。
「加奈が犠牲にならないと世界が救えないだと? ふざけるな! そんなの絶対に認めない!」
元凶は、隕石だ。……いや、加奈一人を犠牲にしやがるのは……杖だ。
加奈の足元に転がった杖に手を伸ばす。触った瞬間、鋭い痛みが走る。
「おい杖! 聞いてんだろ!」
俺の手を弾かんと杖から紫電が迸り、体中に痛みが駆け巡る。
一瞬、気を失いかけたが、すんでの所で踏みとどまった。
「止めてっ! 亮太くん! 亮太くんが死んじゃうよ!」
「止めるかっ! おい杖! エネルギーが欲しいなら俺を使え! 加奈だけを死なせるなんて絶対にさせねえぞ!!」
焼け付く痛み、遠のく意識。
最後の最後、気を失う瞬間に頭に流れ込んできたのは、誰かの言葉。
――良いでしょう。彼女を救うことは不可能だとは思いますが、所持者としての認定だけはしておいてあげましょう。願わくば……
そこで俺の意識はぷつりとブラックアウトした。