ソドム市警察殺人課の第2話 全4話で完結
ソドム市警察殺人課の第2話
作者 花太郎 得点 : 2 投稿日時:
化け物の町ソドム。
そこには、ごく当たり前に化け物がいて、ここにはごく当たり前に俺がいる。
そう、吸血鬼が。
不可思議だと思うかい? 俺にとっては、お前ら人間の方がずっと不可思議に思えるけどねぇ。
ACT.1 マルコス・オズ・フランの丘
「あぁ、だから言ってるじゃねぇか。俺は朝が弱いんだっつーの」
「そんなこと言ってもダメですよ! 銀さん。いくら、吸血鬼だからと言って刑事が出勤してすぐに、しかも受付のソファで横になって眠ろうだなんて、許されるはずはないんですからね!」
部下のアリシアはそう言って、俺のとんがった耳を引っ張った。
いやぁ、参ったね。バケモノの町にただの人間がくるなんてさぁ......。しかも、『北米最高の頭脳』ときたもんだ。いやぁ、俺も『吸血鬼』なんて巷では呼ばれているがねぇ、生まれてこのかた『本物天才』にあったことはなかった。けれどもまぁ、こんなめぐり合わせもたまにはあるもんだねぇ。
アリシア・ブラッドコーク。数ヶ月前に俺の部下になったこいつは、たしかに優秀だ、普段の事務処理においては。それに、この警察署にいるやつらは揃いも揃って、『ヒューマニア』だらけだし、アリシアも自分の見た目に関してそこまで気にするような環境じゃない。アリシアものびのびと、自分の仕事が出来ているようだ。少なくとも、今はまだ。ちなみにヒューマニア』つうのは、見た目が人間とほとんど変わらない奴らの総称だ。
それにしても、眠い。
吸血鬼が刑事になんてなるもんじゃないな。そもそも、吸血鬼なんだから立派にニートやってりゃよかったぜ。
「銀さん。私は心の声がわかるんです」
「へぇ、そいつは面白い」
「その表情は『当ててみな?』という感じですかね? ふむふむ、わかりました。先日の事件のこと、まだ気になっているんですね?」
アリシアはじっと俺の目を見つめながら、間違いなく俺が考えていたことをズバリ言い当てた。
「おやおや、俺の部下はいつからエスパーになったんだい?」
俺はそう茶化すと、いつもの自分の席に戻り、ポケットに入れたままの湿った古いタバコの箱を取り出し、ボロボロで、かろうじて原型が保たれているタバコ一本を慣れた手さばきで口にくわえ、火の着かないボロボロのライターを鳴らし、タバコに火をつける仕草を行った。
「銀さん、いつも疑問に思っていたんですけど......」
「今度は俺が当ててやろう。『どうして、いつもボロボロのタバコをくわえて、火の着かないボロボロのライターで火を着ける仕草をするのですか?』だな。理由は別に無いよ。強いて言えば、ゲン担ぎみたいなもんだ」
何か腑に落ちないといった表情で俺の顔を眺め、自分の席に戻るアリシア。
俺は昨日の事件のことについて考えていた。そう、ソファで寝ていた時も、今この瞬間も。
殺人、強盗、呪殺......。この町では珍しいことじゃない。だが、刑事の部下に手を出し、死体を盗むとは大した野郎だ。刑事になって数百年になるが、初めてだよ、こんなことは。
面倒なことをしてくれる。わざわざ警察を敵にまわしてでも死体を持ち去った理由はなんだ?
とっさに思いついたのは食肉だ。人間の肉は意外と高く売れる。しかし、わざわざそんなことをしなくても自殺した人間の肉を取引すればいい。リスクをおってまで、死体を盗んだ理由としては浅すぎる。では、グールは? だめだ、グールなぞなんの役にも立たない。ただの壁か、良くて身代わりだ。生きている人間の方が数千倍役に立つ。
では、死体を盗んだ理由はなんだ?
だめだ、何も思いつかない。あと眠い。
「アリシア、行くぞ」
俺は自分の席で大量の紙の束と格闘しているアリシアに向かって声をかけた。眠気覚ましもかねて、あそこに行くつもりだからだ。もちろん、刑事の鉄則としては欠かせないだろう?
全ての始まりの場所、事件現場。マルコス・オズ・フランの丘に向かうのだ。
「え? ちょ、待ってください! 私にはまだ書き残した銀さんの始末書がこんなに! というか、自分の始末書は少しは自分で書いてくださいよ!」
アリシアの抗議の声を無視して、一言『置いてくぞ』と言った。しぶしぶと言った表情でアリシアは俺の背中を追う。コートを肩にかけ、原付バイクの鍵をポケットから取り出し、安っぽい傷だらけのヘルメットをかぶる。
「そろそろ新しいものに買い換えた方がいんじゃないですか?」
それを見たアリシアが一言、俺に向かってそう言った。
それに対して、俺はニコッと笑いながら言う。
「俺は古いものが大好きなんだよ。それに、この方が吸血鬼らしいだろ?」
アリシアは呆れた表情でため息をつきながら首を横に振った。
マルコス・オズ・フランの丘。確か、一番最初にこの丘を見つけたやつの名前を名付けたとかなんとか。どちらにしろ、ここは観光名所でもないし、地元の化け物でもそうそうめったに立ち寄る所でもない。しかし、今回は、残念なことにこの場所で死人が出た。俺の部下もやられた。
「神に嫌われた身で仏さんに手を合わせるのは、何と言うか複雑な気分だねぇ」
思わず心の声が口から漏れる。
誰が供えたのかわからないが、花束が一つ、丘の中央にある。被害者、ビオラ・クリオランテはメキシコからの不法移民、娼婦。強烈なキャラの珍しい人間、通り名は確か『サンダー=ビューティー=アレックス』だったかな。とてもじゃないが、『娼婦』の通り名には思えないねぇ。
先に備えられた花束の隣に、俺が買ってきた花束を置いた。そして手を合わせ、目を瞑り仏さんに祈る。
「まぁ、一番の供養はこの事件を解決することだろうけどねぇ」
「銀さん......」
「いやぁ、俺が悪いのさ。ゾンビとはいえ、数十年の付き合いでさ、優秀だっただけれどねぇ。こんなことになっちまって、くやしいったらありゃしないねぇ。少なくとも、あの時俺もこの場に残るべきだったのさ」
「私は、ここにきてまだ数ヶ月の人間です。だから、皆さんのことはまだよくわかりません。でも、誰かがいなくなる......誰かが亡くなる辛さは、少なくともわかっているつもりです」
「そうかい? 君みたいな美人に慰められると悪い気はしないねぇ」
そういうと、アリシアは少しだけ嬉しそうな顔をして切りそろえられた前髪を弄った。
アリシアのことに関しては、俺も良くわかっていない。上司から彼女の名前、年齢、出身、そして今日から俺の部下になるということだけを伝えられた。だが、目を見れば多少なりとも苦労してきたということだけは分かる。まぁ、人間がこんな化け物だらけの町に飛ばされるなんざぁ、よっぽどやらかしちまったんだろうとしか思えないな。
俺は、昨日確かにまだあった死体の周辺を探ることにした。剣で串刺しにされた遺体。この町で剣なんぞ使う奴は、よっぽど伝統を重んじているやつか、それとも相当な変わり者か。ここには血痕以外何も残っていない。あの特徴的な剣も、何もかも。つまり、最初死体が発見された時点で犯人はまだそれほど遠くに行っておらず、またこの場所に戻ってくる予定だった、と推測できる。
急用か、はたまた誰かに呼ばれたのか。犯人が戻ってきた時にはすでに俺の部下が死体を見張っていた、だから殺したのか。獲物は、娼婦の死体に刺さっていたあの剣か? 一体何のために、娼婦を殺し、死体を持ち去ったのか。この事件を解く鍵は、まず殺された娼婦の『正体』を探ることから始めなければならないな。
「アリシアちゃん、この場所を見て何かわかったことはあるかい?」
俺は、現場を真剣に操作するアリシアに向かって声をかける。アリシアは俺の方に顔を向けず、淡々と話し始めた。
「そうですね。単刀直入に言いますと何もわかりません」
「おいおい、それでも北米最高の頭脳かい?」
などと、俺がアリシアのことを茶化そうとすると、それを遮るようにアリシアは言葉を付け加えた。
「それが問題なんです」
「うん?」
「私と銀さんが現場にきた時には確かに、『殺人現場』でした。ですが、今は違います。この場所で無くなったのは遺体だけではなく、『血痕以外全てが無くなってしまった』そう考えるのが自然だと思います。それが大きな不可解であり、証拠であり、メッセージのような気がしてなりません」
血痕以外、全てが無くなってしまった? つまりそれは、犯人がそうしたのか?
俺にとってはますます訳がわからない話だ。詳しい現場の状況は鑑識の結果待ちだが、アリシアの話を聞く限り、犯人に繋がる手がかりは期待できそうにないな。
まだ、アリシアと組んで数ヶ月しかたっていないが、アリシアの頭脳と観察眼十分信頼に足ると思っている。たまにこう言う風に茶化してしまうが、それは俺なりの信頼の証というものだ。まぁ、アリシア本人にとってはいい迷惑かもしれないがねぇ。
「それじゃ、いくか」
「今度はどちらに?」
「もちろん、『被害者の正体を探り』にだよ」
まったく、吸血鬼なのにこうも日の出る時間を歩かされるなんてさぁ、この警察ブラックだよねぇ? 残業代はちゃんと申請しとこ。
化け物の町ソドム。
万年薄暗い霧に覆われた、この町には様々な化け物が生きている。そう、真昼間から町を出歩く吸血鬼の刑事だっているのだ。