「咲き初めて既に寂しや滝桜」の批評
回答者 晩乃
慈雨様
改めてまして、お世話になります。以前3.11のボランティアに行かれたと仰っていたので、そのときにご覧になった景かな?なんて、勝手に思いを馳せました☺️今回も勉強させていただきます。
初読は村井様やイサク様に近い解釈をいたしました。既出の意見なので割愛いたします。
「寂し」を軸に見たときに
①「滝桜」に対し「寂し」と形容する感性には、とても共感できる◎
②散ってしまうことへの感慨として「既に寂し」は、いるか様の感覚に近く△
という印象です。したがって逆算にはなりますが、私個人としては
・固有名詞→とても効いている
・既に→説明感だけが残る
・切れ→「寂しき滝桜」の方がインパクトがあって好き
というご回答になります。
①に振るなら
咲き初めの日さへ寂しき滝桜
しかし作者の拘りは②のような気もするので、
咲き染めは散る兆しなり滝桜
いつも生意気に、ほんとすみません🙏流してください。また宜しくお願いいたします。
点数: 1
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福島県の三春滝桜。「滝桜」だけで通じるみたいですね。
固有名詞ですが、桜が咲き始めたということで季語としては機能しているだろうと考えました。
咲き始めたばかりだけど、満開になったら間もなく散ってしまうんだろうなぁという感慨を詠みました。
固有名詞が効いているか?「既に」は説明的か?「寂し」の主観表現がどうか?中七で切らず「寂しき」の方が良いか?ーーなどが気になっています。
その他何でも、ご意見ください!