「FMが途切れた猫が恋してた」の批評
回答者 明智明秀
こんにちは。
お句拝見致しました。
褒めるコメントは他の人にお任せするとして。
「~した」の繰り返しは、やはりどうしても報告調の散文感が致します。過去形ですし。またFMが途切れたことと猫の恋との繋がりが稀薄に感じられます。
FMが途切れたと言う「瞬間(一瞬)」に対し、猫の恋は一瞬のことでは無いので対比として弱いかなと思います。
勿論「~た~た」の対句的表現の勉強かとは思いますが、その形は崩れますが、対比するものを「瞬間の写生」に合わせるならと言うことで、
FMの途切れ恋猫鳴きにけり
とかなら分かります。
因みに参考にされたと言う慈雨さんの句には、銃声と言う「破壊」と雲雀と言う「生命」、そしてそこにある「緊張」と「緩和」と言う明確な対比が存在します。
あの句はそう言う意味で流石だと思います。
勉強熱心な姿勢に敬意です。
またよろしくお願いいたします。
点数: 1
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お題で一句。令和風に読むなら
イヤホンが外れた猫が恋してた
なんて。それにしても、東京に越してすっかり聞かなくなりました。