「収穫や産湯めきたる春の水」の批評
回答者 明智明秀
こんにちは。
お句拝見致しました。
春の水を産湯のようだとされたところに詩があり、また作者の優しさの表れと感じました。
いつも私のコメントは他の人とは違う、どちらかと言えば天の邪鬼的コメントで申し訳なく思います。
上句の「収穫」は、季語とまではいかないまでも、どうしても「秋」のイメージが致します。またその収穫を「どうしたのか?」が無いので(洗うとか、切るとか、漬けるとか)その後の「産湯」が唐突に感じられます。「収穫」と「産湯」の関係性が希薄に思われます。ここでの「や切り」はその関係性をさらに希薄にしている印象です。
例えば、
菜を洗ふ産湯めきたる春の水
菜にやさし産湯めきたる春の水
などで充分作者の伝えたいことは伝わるのではないでしょうか。
産湯めく春の水もて菜を洗ふ
よろしくお願いいたします。
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おぉ、何と豊かな収穫であることか
それを洗う春の水も産湯みたいに優しく
採れた野菜も新たな命の誕生に産声を上げているかのようだ
365季語手帖 2/15 自選没句 お題「春水」
原句は以下だが課題となる余白のために上五を切り離してぼやかしてみました
菜の浴びる産湯とせんや春の水
あとは苦手な上五で季語以外を詠嘆する形にチャレンジ