俳句添削道場(投句と批評)

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半眼の野良猫と吾冬日向

作者 田上南郷  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

ひだまりの縁側、野良猫が静かにすわっています。
私も縁側の端に「す〜〜と」腰掛けました。いつもは「さ〜〜」と
いなくなる猫が、半眼のまま居座っています。
わたしも猫をまねして半眼で庭を「ぼ〜〜」としました。

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「半眼の野良猫と吾冬日向」の批評

回答者 イサク

再訪しますね。

どんな句であろうが鑑賞は鑑賞側に託されています。
好意的に読んで終わらせることはできますし、「そのままでいい」と言うのだけなら簡単です。

その中で、このサイトでは「アラ探し」しない範囲で「どこを変えると良くなるか(作者の思う句意が出やすい、誤読がなくなる、意味が通じる、言い過ぎがなくなる、など)をいつも考えています。
100点の句でなければ、どこかに良くなる要素が眠っています。そういう句に対して「そのままでいい」とは私は軽々に言えません。「これ以上推敲しなくていい」と作者でない人間が言っているようなものですから。師匠でもないですし、考えた上で「推敲ポイントが思いつかない」ときだけ言うようにしています。
(過去のコメントで、そう取れない「そのままでいい」があるかもしれません。私も人間なので少しずつ考え方や俳句の能力も変わっているので、過去のコメントを持ち出してこられると困ります。こういう断りを入れないと、年単位で昔のコメントを持ち出して「ブレている」とか言う人がいますので・・)

今回は句形で「吾」(作中主体)が半眼かそうでないか迷う形でしたが、「半眼」と受け取る方が本命でした。そして、私の受け取りどおり、作者コメントに「わたしも猫をまねして半眼で」と明記されております。なので、この形は回避した方がいいなあ、とコメントいたしております。

一音変えるだけでも印象が変わりそうですし(どこかはナイショ)、推敲ポイントはまだまだありそうです。それは句の伸びしろです。
という意味で「そのままでいい」とは思いませんでした。

なお、「猫をまねて自分が半眼をした」という内容そのものは俳句になると思っています。最終着地点は作者さんに考えてほしいと思い、提案は控えています。

長文失礼しました。

句の評価:
★★★★★

点数: 3

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「半眼の野良猫と吾冬日向」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

おはようございます。

◆半眼の野良猫、は句材としてよいと思います。

◆半眼の吾、は自分で自分を観察したわけではなく(たぶん観察できません)、自分がわざと半眼になったよ、という作為的な報告。これを「野良猫」と並列するのは回避したい気がしました

・半眼の野良猫とゐて冬日向

「半眼」ではなく、「自分で自分を観察(客観視)できる要素」や「自分の行動を詩の中心にしてしまう」なら、自分を並列してもよいと思います。

・呆となる野良猫と吾と冬日向
・寝る猫と寝る真似の吾と冬日向

点数: 2

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「半眼の野良猫と吾冬日向」の批評

回答者 山口雀々子

句の評価:
★★★★★

こんにちは
半眼になっているのは「猫」であり
「吾」については描写していないと
私は読みました。
吾の状態は読手に託したと読めます。
「ゐて」などの動詞は冗長かと思います。
そこに居るからこそ詠んだ訳で。
御句、このままがいいのでは。

点数: 2

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添削対象の句『半眼の野良猫と吾冬日向』 作者: 田上南郷
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