「伊弉諾の冬の水より日子生めり」の批評
回答者 独楽
おはようございます。
日子だけで伝わると思います。やはり「眼前を読む」は外したくないですね。
"冬の水日子生みつつを目の当たり
目の当たりらは、あたかもそう思う今の自分を詠むという趣旨です。
点数: 1
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作者 感じ 投稿日
回答者 独楽
おはようございます。
日子だけで伝わると思います。やはり「眼前を読む」は外したくないですね。
"冬の水日子生みつつを目の当たり
目の当たりらは、あたかもそう思う今の自分を詠むという趣旨です。
点数: 1
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回答者 晩乃
感じ様
冬将軍の拙句にアドバイスいただき、ありがとうございます。読者に託しすぎ、これはおっしゃる通りで、見返してみたら抽象度が高すぎましたね。しかし、解釈は作者の意図と一致しております。伝わるか否かギリギリのラインでしたね。感じ様のように、いろいろな句にチャレンジしていきたいです。
さて、こちらのお句、神話を詠まれるとは、またユニークですね。読者が「あっ、あの話のことだ!」と気がつけたときに感動が得られると思うので、十分詩として成立すると考えます。
ただ、主語と述語が離れすぎて、読みづらい印象です。(これは散文でも言えることです。)「伊弉諾」と「生む」の措辞はできるだけ近づけたいです。句跨りですが
冬の水伊弉諾の日子を生みけり
この場合のけりは、詠嘆ではなく伝聞過去の意味で、「生んだそうだ」と訳します。完了の「り」より神話との相性が良いかなと。
今後ともよろしくお願いいたします。
点数: 2
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回答者 げばげば
こんにちは。いつも勉強させていただいています。
御句。神話大好きなので句によく読み込みますが、日子までいくと神話要素が強いかも。日子でなく、日が、生むでなく生まれるにするとか、今太陽がのぼるという事実を描く方がよいかも。
伊弉諾が、という意味の、の、ではあると思いますが、伊弉諾の水、と読んでも十分ひかれます。切れがほしい気もしますし悩みますね。
伊弉諾の冬の水より日の生まる
伊弉諾よ冬の水より日の生まる
点数: 1
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回答者 ネギ
感じ様
こんばんは。お世話になります。
拙句「冬紅葉」ご覧いただきありがとうございます。
晩鐘の音で冬紅葉が震う、と捉えられますね。
イサク様よりもご指導いただきました。
「晩鐘にかすかに震ふ冬紅葉」
「晩鐘にかすかに震へ冬紅葉」
ありがとうございます。
焦点が何であるか、しっかり推敲するように勉強いたします。
これからも宜しくお願い致します。
点数: 1
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
伊弉諾=イザナギ
日子=アマテラス、のつもり。
詩があるのか。たんに、神話をなぞっただけか。
宜しくお願いします。