「一張羅身の丈を越え静電気」の批評
こんばんは。貴句、拝読いたしました。
まず、「何がどうして静電気なのか」が少し伝わりにくい点が気になりました。
「一張羅身の丈を越え」は、
・無理して買った立派な服
・袖や裾が長過ぎる服
上記どちらにも読めますので、読者が迷い易く感じられます。
また、その直後に「静電気」が置かれておりますため、
服との関係や出来事の流れがやや掴みにくい印象でございます。
(連用形「越え」の先に省略されている動詞が「ある」「帯びて」「まとい」など
複数想定できる点も影響しているかと存じます。)
さらに、静電気とは厳密には「物体が帯びた電気的偏り」を示す語であり、
手がパチンと痛むのはそれが「放電される瞬間」の現象でございますので、
状況によっては「雷の気配?」といった誤読が起こる可能性もございます。
例えば、「長い袖がこすれて静電気が走る」など、服と静電気の繋がりが
もう一歩だけ見えると、情景がより掴み易くなる様に思いました。
衝動買いへの「喝」というテーマはとても魅力的でございますので、服と静電気の
関係が少し補強されると、さらに伝わり易くなるのではないでしょうか。
私めからは、以下の添削
を提案いたします。「身の丈を越え」と書かずに、
読者に「背伸び」を自然に想像させる方法でございます。(上五字余り)
・一張羅の伸ばす手パチン静電気
「伸ばす手」は「背伸び」や「見栄」を象徴いたしますので、
作者コメントと実景が自然に二重化されるのではないかと存じます。
イサクさん、おかえさきこさん、独楽さん、慈雨さん、頓さん、春の風花さん、
めいさん(以上五十音順)他、多くの方から様々なご意見が寄せられると
思います。
その中の一つとしてご参考いただければ幸いです。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
静電気を冬の季語とするかは諸説あるようですが、ここでは季語として扱います。
衝動買いばかりでお金の貯まらない人生に喝!