「大漁や秋刀魚並びて睨みをり」の批評
回答者 みつかづ
こんにちは。こちらへの再来、失礼いたします。長文、お含みおきください。
原句は金子みすゞ氏の詩『大漁』を本歌取り、またはご参考になさったのですね。
ただ、どの部分をお伝えなさりたかったのかが句の字面では分からないうえに、
元の49音を17音に圧縮するのは不可能なので、最も目を惹き印象に残り易い
「鰯のとむらいするだろう」の部分ではないかと私は考えました。
場所は大して重要な情報ではない、と。
そうであれば、他の部分は削ぎ落とすしかありません。
「作意が上記である」として、詩を元にした観念句でしょうから、
季語を立てる為に一物仕立てに近付ける添削
を考えてみました。
以下、一例です。
・数多なる獲られたるめる秋刀魚かや
「沢山であり(日が近い頃に)漁獲されてしまった様に見える秋刀魚だなあ。
そうであろうか(この秋刀魚も、もっと生きていたかったのかもしれないな…)との
意味です。後ろの(括弧)内は反語の意味から転じた派生意訳です。
弔いと直接書かず、読者が「しみじみとした感情=弔いかもしれない」と
想像できる形を目指しました。
また、「大漁や」と書いてしまいますと読者は港や競りを想像してしまいますので、
断定の助動詞「なり」を用いて「数多なる」で代用し、場所情報は削ぎました。
秋刀魚が獲れるのは海しかありませんので。
ここから以下は、古語辞典に書いてある専門的なお話です。
① 上五
この「なり」は断定の助動詞です。活用語の連体形、体言などに接続します。
② 中七
助動詞が3連続しております。品詞分解すると以下です。
・四段活用動詞「獲る」の未然形「獲ら」
・受け身の助動詞「る」の連用形「 れ」(未然形接続)
・完了の助動詞「たり」の連体形「たる」(連用形接続)
・推定の助動詞「めり」の連体形「める」(ラ変型の活用語には連体形接続。
それ以外の活用語には終止形接続)
③ 下五
終助詞「かや」。
上代(奈良時代まで)では詠嘆、中世(鎌倉時代以降)では問い掛け、疑問、
反語の意味を持つ単語で、皆さんご存知の句末の切れ字として用いる、
終助詞「かな」とは含みが違います。
ここでは、上代と中世のダブル含意にしております。そうしませんと、
読者は「作者のしんみり感情→弔いの気持ち?」と辿り着けませんので。
添削例では二重の意味を掛け合わせて用い、
読者に余韻を残す仕掛けといたしました。
本来の句意と異なっていたらご教示ください。
以上です。ご覧いただきありがとうございました。
点数: 1
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スーパーの秋刀魚を見て思いました。
金子みすゞのパクリみたいですね。