「元旦やエベレスト登山成功」の批評
回答者 こま爺
こんにちは。念仏についてお答えします。
人の運命はほぎゃあと生まれたときから、生んでもらった親、生まれた国、生まれた時代、それらから受ける制約から免れるわけにはいかない。いわば宿業を背負って生きています。
そのため仏様の前では誰が本当に正しく生きたから救ってもらえるとか、悪者だから罰を受けるとかはもう言っても始まらない。
もちろん現実の世界で道徳もあり法律もあり、悪と善を分けないとこの世は立ち行かないのは当然です。
しかし、犯罪を犯してしまう人も深い分けがあることは確かです。悪を犯す因縁を背負っています。親から受けたつらい仕打ちで悪に走る人もいるはずです。ところが法はそこまでは立ち入ることはしません。
南無阿彌陀仏と唱え、とにかく色々ありましたが人間を終わりますと人生を締めくくる分けです。親鸞は念仏はそういう意味しかないと説かれた分けてす。
これはあくまで私の解釈です。よろしく。
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