「冷麺のからしを腫れ物のごとく」の批評
回答者 はや
こんにちは。
この句おもしろい!そしてよく分かる!
お皿の端に勝手に乗せられる、からしだったりわさびだったりマヨネーズだったり。
それいらないんだけど…とできるだけ触れないように、混ざらないように、すごく気をつかって食べてるかんじ。
まさに腫れ物扱いですね。
「からしを腫れ物のごとく」で終わるのは、個人的には収まりが悪いというか落ち着かないかんじがします。これが「からしは」だったらそんなに気にならなかったと思うんですが、「からしを」にすることで不安定さが生まれるというか。
でもその落ち着かないかんじがまさに「腫れ物」っぽいのかもと思ったりして、すごくおもしろい句だなあと思いました。
これからも勉強させてください。
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記念日俳句、7/16は「からしの日」。
わが冷蔵庫には、チューブの“からし”も“わさび”も、ついでに“にんにく”もありません。基本的にこの手の香辛料は、要らない、と思っていて、にぎり寿司もサビ抜きで…(過敏症だのアレルギーだのといった病気ではないので、最初からわさびの入った状態で寿司を振る舞われた場においては、普通に頂きますが、選択の余地があるならサビ抜きがいいな)。
そんな私がたまに外食で「冷麺」(※)を食べるときの、器のへりに添えられた練りからし。こいつをなるべく麺にもスープにもつけたくない、と、麺類を食うにしてはやけに慎重な所作になってしまう。ざるそばのわさびみたいに別皿にしてくれればよいのに…。
※冷麺:「冷し中華」とも呼ばれる料理(というのが私の認識)。世間では「冷し中華」という呼び方のほうがメジャーであって、角川の歳時記では「冷し中華」しか収録していなかったけれども。別の歳時記には「冷し中華」の傍題に「冷麺」があったので、「冷麺」の句として。