俳句添削道場(投句と批評)

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若き日の父母の座す花野かな

作者 なおじい  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

こんにちは。前句「小山なる古墳今年も秋の色」に多くのコメント・提案句を有難うございました。

本句は、兼題の「花野」を、少し妄想を働かせて詠んでみました。
方向音痴のくせに山を歩く私は、よく道に迷います。あたりには誰もいない。困っていると、なぜかどこからか爺さんか婆さんが不意に出てくる。思わず道を聞く。親切に教えてくれる。助かった。お礼を告げて歩き始める。「しかしこんなところに、うまく通りかかってくれたなあ…」と思って振り返ると、もう誰もいない。
これはマジな話で、一度や二度ではないのです(それだけ私が迷いやすいということ)。
おそらく、花野でも迷うでしょう。二人はそれを待ってくれているのか?

当然、「若き日の両親が座っている」などは現実にはあり得ないので、この点は空想・妄想であり、自然描写ではありません。こういうのは許容されませんでしょうか。
ご意見よろしくお願いします。

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 若草あやめ

いつもお世話になっています。
御句、とても爽やかな気持ちにさせていただきました。
お父様とお母様の笑顔と花の香まで漂ってきそうです。

拙句、影伸びて…と運動会…へのコメントありがとうございました。
秋の海=寂しくて子の無邪気さと合わない感じ、とても勉強になりました!
銀メダルは、子が金メダルを取りたい!と
ずっとクラスで頑張っていたので、
親としては「銀メダルかー!」
という悔しさに共感してしまいましたが、お題が運動会である以上、中身がボケましたね。
とても勉強になります。
ありがとうございます。

句の評価:
★★★★★

点数: 2

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 げばげば

句の評価:
★★★★★

こんにちは。
いつも温かいコメントありがとうございます。

花瓶の句コメントありがとうございます。
私も小学校のころでしたが、数日前まで元気だった子だったので不思議で、、こういう時も実際は雨が降るわけでもなく、風が強いわけでもないのがリアルな世界なんだなと。それを届ける技術は不足していました。うまく対比も作れず、ただただすがすがしく思ってる人みたいになってましたねー、、。
机の上の花瓶は席替えまでおかれ続けたのですが、その後花瓶に花がなくなったときと晩秋を合わせるイサクさんの提案句、これまた味わい深かったです。

さて、御句、初読は、若い頃お父様お母様の写真がいつもアルバムにか部屋にか飾られていて、お父様お母様ご夫婦で登山かハイキングに行かれたような、ふたりで笑顔で座っている花野の写真。
そして、登山好きのなおじいさんが花野に行ったとき(父母と同じ花野かはさておき)、そこに、お父様お母様のようなものが現れたのか、目に浮かんだのか、そんなことを思わせるような花野だったという受け取り方でした。コメントを読むと、迷い道を助けてくける方が実はお父様お母様なのではないか、という句意ですね。味わい深いーー。私の初読で取っても十分ぐっと来たんですけど。
やはり花野ってそういう幽玄なもののように感じたりはします。でも、やはりどちらにしろ、幽玄な花野を妄想で詠んでも、なおじいさんのお父様お母様はやさしくてあたたかい存在で。その発想がなおじいさんのワールドなんだなー、なおじいさんがそれを詠むから響くわけで、知世さんがあのワールドを詠むから響くわけで、だから面白いよなーって思ったりしますね(*'▽')

中七は座っているという意味の「座す」が文語だと終止形で切れになってくるかもなので、「座する」かもしれませんね。そこの文法ちょっと自信なし。

若き日の父母座する花野かな

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 はや

句の評価:
★★★★★

ご両親の笑顔でいらっしゃることが感じられる、いい句だなあと思いました。
ただそういう写真を見ている句なんだろうなというかんじがします。「若き日の」が思い出感を出すので、そこにいらっしゃるようなリアルさがあるといいのかなと思いました。なおじいさんのコメントをもとに、
父母の声に振り向く花野かな
はいかがでしょう。読む人によって、「父母が子どもの自分に何か見せたいものがあって声をかけた」とも「もう会えないはずの父母の声が聞こえた」ともとらえられるのではないかと思いました。

「秋日和…」の添削ありがとうございました。
助詞と語順の大切さがよく分かりました。少しの違いが全然違ったものになるのですから驚きです。また「カーテン裏」と「カーテンの裏」も確かに違いますね。
またあたたかい励ましのお言葉、嬉しかったです。ついつい「ほっこり子どもの句」ばかりになってしまう私ですが、今後ともよろしくお願いいたします。

点数: 1

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花野来て父母若き日の姿見ゆ

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

こんばんは。

空想・妄想どんと来いです。俳句の懐は深いはず。きっと・・・たぶん・・・

妄想俳句で、あまり余計なことを付け加えずにシンプルにしたのもいいですね。

「むかし両親がこの花野に来たと聞いたことがある花野」という句にも思えます(その場合、正しくは「座せる」でしょうか?)。それはそれで。

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 ダック

句の評価:
★★★★★

なおじい様
こんにちは。「てふてふ・・」にコメント頂き有り難うございます。
俳句は「てふてふ」を使うものだという思い込みがありました。普通に蝶々とする方がよほど良いと思います。もう一つ「をんな」ですが、これは癖というかなんかその方が良さそうだという思い込みですね。こんどは「女性(ひと)」を使って見ようかと思います。
季語を一つにしたご提案句有り難うございました。勉強させて頂きました。
御句「若き日の・・」ですが、「両親が愛でた花野をいま私も夫婦で見ている。これから先子供たちも同じような時期がくるのではないか。両親と同時に子供たちにも思いをはせる」イメージで鑑賞させて頂きました。

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 げばげば

句の評価:
★★★★★

こんにちは。
再登場です!

アドバルーンコメントありがとうございます。
句意が初読で伝わってよかったです。アドバルーンは子どものときには結構出ていました。昭和の終わりころでも百貨店どころかダイエーとか展示場とかでもバンバン出てましたね、アドバルーンの出ている百貨店の屋上でなんかイベントとか見たり乗り物に乗ったりしたこともあります。今は規制でアドバルーンは出せないようですね。なんか当時の活気みたいなものや移動遊園地のもの悲しさとかアドバルーンにはあって、だからこそ、アドバルーンがない空に気づく句にしたかったのです。まあ、アドバルーン自体は結構詠まれてるかもなので。

月曜のアドバルーンなき秋の空
そうです、最初これだったんです。でも、「月曜のアドバルーン」って読めない?と思うと違和感あるかもしれないと思い、、。
「月曜の秋」とも見えますが、「月曜の空」にしたかったんですよね。月曜って一般的に休みの次の日なので、そこにリアリティを出したくて。みなさんの思う「月曜の空」ってどんな空かなーと思って。本当は「月曜の空に秋」「月曜の空や秋」「月曜の空は秋」なんですけどね。兼題に寄せちゃいました。

でも、「月曜や」と中七で切ると、たしかにもっと広い広い秋の空が広がりそうで、切れなし、いかが?と悩んで投句でした。「月曜の空」を捨てても、やはり切れがあると読みの幅も広がりそうだし、俳句としての締まりもあるかもしれませんねー。
いつもありがとうございます(*'▽')

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 知世

句の評価:
★★★★★

いつもお世話になっております。
私だって苦手な俳句、苦手な句風ありますのでお気になさらず^_^
良くも悪くも私の句は変えることはできないのですが、どうしても見るに耐えないという人がいたら引っ込めるつもりはありますので…。
眉を顰める、くらいでしたらどうにかご容赦いただければと思いますが。
季語「花野」についてはやはり茫漠とした広野に秋の寂しさが相まって幻想的なイメージを抱く人が多いのではないでしょうか。
そういう幽玄なイメージを持たない花野というと私は「花畠」の季語が近いのかな?と思いますが例句が少なく実際はよく分かりません。

さてこちらの句は好きな句です。
若き日の父母、確かに写真を見ているような印象もありますね。
あとは「眼裏の父母」これも少しイメージと違って、実際に父母の姿を見たのだ、とする方がコメントにある句意に沿っているのではと感じました。

若き父母と相会ふ花野中
上記を踏まえて。
ついまた趣味にはしって幻想の色が濃く出てしまいました。

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 お七

句の評価:
★★★★★

いつもお世話になっています。「落語家」の拙句に温かいコメントをくださり、ありがとうございました。ご指摘の通り「来ぬ」と「絹」をかけたのですが、今は正絹の着物だけでなくポリエステルの着物をお召しになっている若手の落語家さんもいらっしゃるようです。

御句、大好きです。なおじいさんがご両親のことをどれだけ大切に思っていらっしゃるのかが伝わってきます。お二人がお花に囲まれて微笑んでおられる様子が目に浮かびます。勉強させていただきました。

点数: 1

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「若き日の父母の座す花野かな」の批評

回答者 卯筒

句の評価:
★★★★★

なおじい様、曼珠沙華の句褒めていただいて本当にありがとうございます。
励みになります

殿様の盃はたまたま知ってただけですよ☺

点数: 0

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