蝉鳴くや小学生の手の中で
回答者 イサク
こんばんは。
かぬまっこ様と同意見で、そういう俳句も見るけれど高い評価はされてないような・・・という感じです。
俳句を真面目にやる人は「蝉」を見ればそれだけで「はかない生命」を連想しますので・・・
例えば「短き生を○○する」の○○というところにオリジナリティを出せれば、アリなのかもしれません。
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作者 たきさん 投稿日
回答者 イサク
こんばんは。
かぬまっこ様と同意見で、そういう俳句も見るけれど高い評価はされてないような・・・という感じです。
俳句を真面目にやる人は「蝉」を見ればそれだけで「はかない生命」を連想しますので・・・
例えば「短き生を○○する」の○○というところにオリジナリティを出せれば、アリなのかもしれません。
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回答者 かぬまっこ
こんにちは(*^^*)
はじめまして かぬまっこと申します。
蝉と「短き生」は近いといいますか、蝉とうい語には「短き生」を含んだ単語だと思います。
夏井いつき先生風に言えば
「長生きの蝉があったらもってこい」
と言ったところでしょうか。
しかしながら、あえて それを言うという句もあるかもしれませんけどね。(*^^*)
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回答者 なお
こんにちは。たきさん様、いつもお世話になってます。
御句、蝉の「ぬけがら」に代わり、「なきがら」が目立つようになりましたね。寂しさをを感じる今日この頃です。
御句、「我ここに」これは「私はここにいる」でいいですか?
「短き生や」は、どう考えてもたきさんのことではなく、蝉のことですよね?
まさか、たきさんがあとわずかの命で、蝉とかぶらせているとかではないですよね?
「蝉の鳴く」ここでは蝉が主語になりましたが、前半「我ここに」は「我」が主体ですよね?
句意を今一つ捉えきれていないかもしれませんが、「私がここで、君たちの声を聞きながら、短い命を見届けてあげるよ」ということかと思いました。
我ここに短き生の蝉を聞く
我ここに短き生の蝉の声
少し視点を変えて
短き世精一杯に蝉の鳴く
提案句、あまりいい出来とは思えないので、他の方々に期待します。よろしくお願いします。
点数: 1
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回答者 げばげば
こんにちは。
いつも勉強させていただいております。
秋渇きの句、コメントありがとうございました。
そうなんですよ、秋になるほど食欲が増してくる、それを秋渇きと呼ぶのは素敵だなと思いまして。
ちなみにエンドロールというのは、披露宴の最後に、来てくれた人の名前がざーーと画面に流れて、その日の宴のハイライトが動画として流れる披露宴のラストのことでした。最近そういう演出の披露宴が増えてきたようです。それを見ながら、ちょこちょこ食べたご飯が足りないよねー、これが一番おいしかったよねー、帰りコンビニ寄る?と急に現実的になっている様子でした。
さて、御句。蝉の声が悲しい声に聞こえてくるわけですね。上五中七や「鳴く」がなくても、「蝉の声」などだけで、十分おっしゃりたいことは滲みでるとおもいますが、それでも、あえて、短き命、鳴く、と表現することに、あえて訴えたい気持ちが前面に出ていて私は好きです。我、というのはたきさんの想いも重なっているのでしょうか。
原句味わわせていただきます(*'▽')
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蝉の亡骸を見かけるようになりました。今日も朝から蝉が鳴いています。