明け易き夜のラジヲの散歩道
回答者 卓鐘
蜘蛛の巣コメントありがとうございます。
駆け出しの蜘蛛について、自分を重ねるという読みも出てくるなぁとは後から気づきました。ですが、狙ったわけではないです。 そういう風に読んでもらえると句も喜びます。
種明かしすると、本当は素晴らしい蜘蛛巣を詠みたかったんです。美しい幾何学模様だの匠の技だのゲームの魔法陣みたいだの。でもよく考えたら、なんかしょぼい蜘蛛の巣しか普段は見ないなぁ。と。あ、逆にしてみりゃいいんじゃないかと。
匠の技の逆、、新米の・ぺぇぺぇの・未熟の・修行中の・二年目の・見習いの・駆け出しの・・おっ。これいいんじゃね?と。蜘蛛巣を作るのを職人芸とみたて、職人を目指すにはまだまだ駆け出しの蜘蛛の蜘蛛の巣であるよと。
御句、気になったのは、「明易」という季語が生きているか?です。早々に明けてしまう夜を嘆くという意味のある季語なので、深夜ラジオの散歩を楽しんでいる感じと反しているんじゃないかという点です。
「深夜ラジオを聴きながらの散歩道。涼やかな夏の夜だけど、この夜も早々に明けてしまうのかぁ。」
こんな感じのしみじみとした意味になるけれど、元の句では切れが生き生きとして、ラジヲの気持ち良さに比重がかかっている気がします。切れを無くして、全体的にしみじみとした調べにしてみてはどうだろうという提案句を置いておきます。
点数: 1
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THEシンプルな日常句、「蚊柱」もそうでしたが季語をありありと実感する瞬間。暑い夏はもっぱらオールナイトニッポンで深夜散歩。「明易」の下にあえての「深夜」って措辞、近すぎなのかも…。みなさんご意見よろしくお願いします。