俳句添削道場(投句と批評)

イサクさんの添削最新の投稿順の1532ページ目

「散り散りに四辻を去ぬ冬茜」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 散り散りに四辻を去ぬ冬茜

こんにちは。
以下、大変失礼ながら丁寧語抜きで失礼します。

◆「去ぬ」の主語が明確には与えられておらず、【人】と想像するのが普通だと思うが「冬茜が去ると思わせたいのかも?」とも思わせるかたち。

◆【人】を想像したときに、「散り散りに」という上五は「直前まで集合体であった」ことを匂わせる。が、そのわりには「散り散りになった人物たち」の造形が見えてこない。
 コメントを見る限り「単なる通行人」の風景を想定していると思う。「散り散り」という単語にはそこまで意図がなかったのであろう。とすると「散り散り」という措辞がこの句にとって幸せかどうか。

◆【四辻】の効果も検証したい。「散り散りに四辻を去ぬ」という措辞で「四方に去る」を強調しているようにも感じる。なので、よりいっそう「直前まで集合体であった」と思ってしまう。友人たちの集まり?などと解釈しそう。
 なんらかの方法で「道」の風景を入れることは、この句には必要だと思う。その措辞が「四辻」であることがベターかどうか。「四」の数詞に意義が発生する。もっと平易な言葉ではどうだろうか。

◆「去ぬ」の効果。「散り散り」があれば「去ぬ」はおそらく省略可能。俳句で省略可能な動詞を敢えて出す場合、それなりの効果を期待して使いたい。でなければ「説明」「音数合わせ」っぽくなってしまいがち。

◆この句の場合は季語の選択には口を出しにくい。「冬茜が散り散りに去ぬ」というイメージを作者が出したいのであれば、他にありえないので。

ということを考えつつの提案句です。
・冬茜ひと散り散りに己が道

点数: 1

「コンビニの氷にまぎれ月欠ける」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: コンビニの氷にまぎれ月欠ける

おはようございます。はじめまして。
すごい俳号ですね?!某テレビ番組では「映す価値なし」はかねてより見ますけれど。

すみません、句とコメントからは俳句の経験・知識を判断しづらく、初心者さまとしてコメントさせていただきます。

◆五七五の俳句のリズムはできていて、意味不明な単語のつながりや助詞省略などもなく、丁寧に言葉を置いている句です。

季語について
 「氷」という冬の季語もありますが、「コンビニの氷」と言い切っているので、冬の屋外にできる「氷」ではないでしょう。
 ということは、この句の季語は秋の季語「月」で、この句は【秋の句】ということになります。
 後でも触れますが、コメントの意図を見ると、ちょっとずれているかな?と思いました。

◆下五「月欠ける」。日本語として意味はわかりますが、句の主体(作者)はどういう状況を見ているのだろうか??というと、やや曖昧な言葉のように感じました。
 季語の場合、単に「月」と言ったら「満月」を意味します。これは前提です。
 ①「満月が何らかの理由(雲や、作者の心情など)で欠けているように見えた」のか、②「満月が欠けて下限の月に移り変わる様子(下り月)」なのか、③「三日月など、満月ではない月を言い変えている」のか、とりあえず3つのパターンを考え、迷いました。
 コメントには「自然の大きな時間(月の満ち欠け)」とありますので、おそらく②の意味に近いのでしょう。

◆句形・語順が詩としてあまり効果的ではない形です。
「コンビニの氷にまぎれ(て)月(が)欠ける」という、普通の文章を少し省略しただけで五七五に合わせた形。言い方を変えると「散文に近い」形です。説明文っぽくなるので、意味は伝わりやすいですが俳句と言う韻文の詩にはなりにくい傾向があります。
 「倒置」や「切れ」「取り合わせ」などの手法がありますので、勉強してみてください。長くなるので今回は割愛します。

◆俳句の季語は季節を表すため、「想像・記憶の中の季語」「絵画・写真の中の季語」など、その場に実在しない季語は季語としての機能が弱くなる場合が多いです。たとえば「桜」は春の季語ですが「秋に見た写真の中の桜」は、もう春の季語「桜」としては機能しないことはわかると思います。
 さて、この句の「月」は本当に秋の季語「月」だろうか?というのは、句からははっきり言えませんでした。コメントを見るとさらに怪しく感じますね。「氷を見たら月が重なって見えた」という「想像の月」っぽい点、「自然の大きな時間(月の満ち欠け)」という「作者が見ているのは秋の月ではないのでは?」という点、とりあえずこの2点で、「作者が季語として使っていないのでは?」と思ったと伝えておきます。
 最初に言った通り「氷」は季語として機能していません。とすると「季語のような単語はあるが季語の生きていない句」ということになるかもしれません。

◆他にもありましたが、とりあえず「季語」の話で終わっておきます。
 俳句には「季語」を使うという特徴があります。「季語」は必ず季節感を伴います。なので「自分が思ったことを言いたい!」だけの場合、俳句が向いていない場合があります。一年という長いスパンのことを言いたい場合、などそうですね。
 逆に「季語」を生かさないならば、俳句である必要がないのでは?他の短詩でよいのでは?ということも言えてしまうことがあります。
 冒頭にも触れましたが、五七五の作り方やリズム感などはきっちりできており、言語感覚はしっかりしていらっしゃる方だと思います。
 俳句の武器である「季語」を使えるようになると、俳句の面白さがまた変わってきます。いろいろ考えてみてください。

・コンビニの氷を提げて降り月

点数: 0

「軒氷柱壁に昭和のスターかな」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 軒氷柱壁に昭和のスターかな

こんにちは。

他の方と同じく、初読は「室内にポスターの景」と思い込んでしまい、ウチソト問題は若干気になりました。
冷静に読めば屋外で成立する景なのですが、なぜ誤読したか、というのも考えてみます。

◆たぶん「壁に」がちょっとだけ解釈を邪魔しています。
 ここで屋内感が出ている可能性があります。日本語として間違ってはいないのですが、他にも理由があり、この「壁に」という場所の表現は言い換えた方がいいような気がします。
◆「かな」構文があまり効いていない気はします。
 「かな」を生かすなら上五字余りで「軒氷柱の」とした方がよさそうですが、そもそもこの句意で「かな」という読者に投げかける詠嘆が効果的かどうか、ですね。
◆他の方からも出ていますが「昭和のスター」がどういう人かは気になる句だと思います。名前を出してしまう方法もありますが、名前を出す効果があまりなければ野暮ったいことにもなりそう。
 少しだけ手がかりを出してあげる手もありそうですね。

・つららつらら昭和のスター笑む食堂

点数: 1

「電柱の先は冬晴れ好き休暇」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 電柱の先は冬晴れ好き休暇

お久しぶりです。特選おめでとうございます(御本人ですよね?)

コメントの件
◆「好き」の掲句は「電柱の先には冬晴れが好きな人がいる/休暇」という意味に初読では誤読しました。
 「良き」と選択に迷っているというコメントで「電柱の先は冬晴れ/良い休暇である」という句だと確定しましたが、誤読ができるだけ表記の工夫で避けてですね。

・電柱の先は冬晴よき休暇

点数: 0

「冬空の空を切り抜く出口8」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 冬空の空を切り抜く出口8

こんにちは。

俳句は表記も内容のうち。「冬空の空」には是も非もあると思います。
 誤読上等、という考え方もありますが、個人的にはもっと読者にやさしい表現も考えてみたいところです。
 私が推敲するとしたら、「冬空」+「空(くう)」という単語の組み合わせが、この句の映像に絶対に必要かどうか?ですね。

◆「出口8」
 ゲーム・映画の「8番出口」を意識したのかな?と思わせます。
 もしそういう意図がないのであれば、やや窮屈な表現だと思いました。私は地下鉄ユーザーで、映画の「8番出口」を知っているのもあり、直感的に地下からの出口だと思いましたが、やや不親切な表現ではあるかもしれません。
 無駄を省くという意識は嫌いではないです。

・8番出口冬空を切り抜きぬ
・8番出口冬の中空を切り抜く

点数: 1

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