「墨の甲子園六分で白が青春に」の批評
こんばんは、はじめまして。
さて、初心者さんですね。
「俳句
で、特定のことを明確に説明しようとする」これはベテランでもなかなかできません。俳句とは、制限が多く、説明に適した文章ではないのです・・・
俳句は基本的に五七五の十七音しかなく、そこに季語
が入りますのでさらに使える音数が限られます。
無理やりつめこんだ結果、意味のわからない、そもそも俳句であるかどうか怪しいものになることは多々あります。
御句も、コメントを読むまで意味がわかりませんでした。
まずは、コメントを読まなかったものとして、一般論として俳句として見ます。
「墨の甲子園六分で白が青春に」
◆季語がありません。
◆「墨の甲子園」の意味が掴みかねました。「書道パフォーマンス甲子園」という大会ならばそう書いた方が伝わりますし、ざっくり「全国大会」という意味合いならそう書いた方がよい可能性があります。
(余談ですが「甲子園」は季語ではありません。単なる球場の名前です)
◆「白が青春に」・・冒頭に「墨」とあるので、「青春」と書いたのかな?という推測はできるかもしれません。
◆「六分で」と言いたいという気持ちはわかりますが、これは「書道パフォーマンス甲子園」のルールなのだと思います。ということは「書道パフォーマンス甲子園」ということが伝われば、この説明は不要な可能性もあります。
別件ですが「俳句甲子園」を8月の季語としよう、という動きがあります。
これと同じ考え方で「書道パフォーマンス甲子園」を季語として使う、という考え方はできるかもしれません(本来の俳句としてはお勧めはしませんが)。で、いっそ略して「書道甲子園」と言ってしまえば、「甲子園」が「高校生の全国大会」という意味にも伝わりやすいかもしれませんね。
で
◆「書道甲子園」という言葉を「書道パフォーマンス甲子園」の意味で使えるとして
◆「書道甲子園」を季語として使えると仮定して、
◆字余り・破調を許容して意味がわかるように作るとして、
・六分の青春書道甲子園 (六分を強調)
・書道甲子園白紙を青春へ変えて (白紙が変わっていくことを強調、上八の字余り)
・書道甲子園えいやと大きな筆 (現場の動きを強調、破調で下六の字余り)
というのを考えました。
季語がまっとうではないので、まっとうな場所に出すと「こんなの俳句じゃない」と言われかねませんが、俳句を競うような場でなければこういう遊びもありなのではないかと。
もし「俳句」を継続していただけるのであれば、もっと基本から勉強することをお勧めします。