俳句添削道場(投句と批評)

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ワクチンのチケット来る夏来る

回答者 イサク

添削した俳句: 物流人流薬流と夏来る

おはようございます。

この句はおそらく「薬流」のところで読みが止まるものと思います。
コメントを読めば、社会風刺、つまり新型コロナのワクチンという推測もできますが、コメントなしでこの形では読み解けないと思います。
そういえば同じ社会風刺で「違法薬物」という受けとり方もできますね・・・

点数: 1

紫陽花を十歩下がって見る庭師

回答者 イサク

添削した俳句: 紫陽花を離れて眺む庭師かな

おはようございます。

細かい点がちまちま気になるのですが、想像と実景の境目がわからないので、すべて想像と仮定します。
・咲いているときには、庭師は大規模な剪定をしないような気がします。
・「離れて」は説明の言葉なので、うまく省略したいですね・・・

「距離をとって全体を眺める」という動作に少し具体性を持たせたいかな、という提案句です。

点数: 2

「蜻蛉生る二十三区の真ん中で」の批評

回答者 西風子

添削した俳句: 蜻蛉生る二十三区の真ん中で

イサク様
沙羅一輪の西風子です。
添削、ありがとうございます。
なるほど、助詞一つの違いが大きな違いです。私が詠みたかった一句になりました。
なお、精進します。引き続き、宜しくお願いいたします。

点数: 0

格子より洩るる灯火よ紫陽花よ

回答者 卓鐘

添削した俳句: 格子戸の町家を灯す七変化

コメントも含めて「格子戸の奥の庭の紫陽花が座敷を照らす灯のようである」ってことを言いたいのかなぁと思いました。以下、それを前提として。(違ったらごめんんさい)

紫陽花が、灯のようであるという部分が、詩の核ですが、やはり「灯す紫陽花」の暗喩はわかりづらいというかちょっと強引な気がします。比喩であるとわかるように直喩表現(「灯のごと」「灯火として」「灯すかに」など)にするか、灯火と並べて紫陽花が灯のようであると思わせるか(提案句は後者)

また、「格子戸の町家」としたら、どうしても家全体を思います。それが比喩をさらにわかりにくくしてるかも。町家の外にいて、町家全体を見ている作者の視点になります。

最後に、「七変化」とした効果があるか。紫陽花の色が変わっていく時間変化のイメージがでますがそれが句にどう機能しているかがわかりませんでした。

点数: 0

「蜻蛉生る二十三区の真ん中で」の批評

回答者 卯筒

添削した俳句: 蜻蛉生る二十三区の真ん中で

イサクさんの俳句は素晴らしかったです。
着眼点が良くて、スゴイなと思いました!

次回作も楽しみです。がんばってください!

点数: 0

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