小説のタイトル・プロローグ改善相談所『ノベル道場』

記憶喪失の俺が、メイドになってお嬢様に仕えるワケ

スレ主 かもめし 投稿日時:

ノベル道場でお世話になった、かもめしと申します。
この度、掲示板で書いていた長編小説を新人賞に応募したくて推敲しております。
今回はプロローグを書き上げてみました。
世界観の説明、キャラの会話、文章の内容など、気になる点がありましたら、どうかご指導をお願いします。

プロローグは、世界観の説明とキャラのやり取りを入れたくて書き上げました。

(あらすじ)

「それで? 殺害方法は考えついていて?」

クーヤの主人――セレス嬢には殺害したい相手がいるらしい。
らしい、という曖昧な表現なのには理由がある。それはクーヤが、殺害相手の名前もろとも過去の記憶を喪失してしまったのだ。
彼女が殺害したい相手は誰か? 
腹違いの弟か、婚約者にすり寄る女か、はたまた別の誰か、か。

「お前が思い出したらすべて教えてあげるわ。えぇ……すべて」

喪失した過去を取り戻した時、彼はもう――後戻りはできない。

プロローグ

プロローグ

 
【鱗竜《リザード》使い】
 この世でもっとも長寿で、強く、賢く、情の深い魔物――【鱗竜《リザード》刑類】に愛された特異的な存在。
 鱗竜《リザード》使いは鱗竜《リザード》刑類と生涯の契りを結ぶことによって、魔法の根源――【魔力《オド》】を自在に操り、【魔法】を現象的に起こすことができるようになる。
 兵団を一人でねじ伏せる強力な鱗竜《リザード》使いは、国家にとって兵器であり国力そのものだ。
 鱗竜《リザード》使いの社会階級が高くなるのは至極当然だ。もちろん、その地位に見合った社会的責任《ノブレス・オブリージュ》は必須だ。
 そのうちの一つが【竜騎士団制度】。鱗竜《リザード》使いは必ず専門の士官学校で【竜騎士】の免許を得て、竜騎士団に所属しなければならない。

 そして此処――アルイル総合士官学校は、年少の鱗竜《リザード》使いに様々な教育を施すことで有名な国策の教育機関だ。
 その食堂に隣接する、放課後のサロンの利用者は多い。サロンはアールヌーヴォー調の内装に瀟洒《しょうしゃ》な調度品が余裕を持って配置されている。学校内でももっとも上等な空間なのは間違いない。
 故に、利用者は学院に対して多額の寄付を行った名家のみに限られるため、平民からの成り上がりは利用できない不文律がある。テーブルを囲む生徒のほとんどは名家出身の生粋な準騎士《エクスワイア》ばかりで、ほとんどの者が見習《ペイジ》を侍らせて談笑している。
 そんな中、ひときわきらびやかな存在感を放つ女子生徒が、サロンのテラス席でアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 腰まで届く艶やかな髪の毛は匂い立つ薔薇のように紅く、切れ長のまつげに縁取られた瞳は青玉をはめ込んだようだ。
 髪に劣らず華やかで美しく整った顔には高貴な面差しがあるが、焼き菓子をゆっくり味あうその表情はだいぶ幼く見える。

「このふわふわ……まるで雲みたい。噛めば噛むほどチーズの酸味と甘みが口いっぱいに……あら? あららら?」
「セレスお嬢様、いくら人払いをしているかといって此処はパブリックスペースです。痛々しい奇行はお控えください」

 とろけそうなほど甘い笑顔を浮かべるセレスにすかさず苦言をていしたのは、鼻筋までを銀仮面で覆い隠す、黒ずくめのメイド――クーヤだ。
 胸元に入ったアルイル総合士官学校の校章がなければ、彼らが同校の生徒だとは誰も気づけないだろう。
 ただその校章のデザインも微妙に、しかし明確に異なる。
 セレスのふくよかな胸元に入った校章には、鱗竜《リザード》刑類が意匠されているが――クーヤにはそれがない。
 身分差から差異が生じる、というわけではない。
 確かに彼女セレスことセレスニティア嬢は、水の大陸と通称で呼ばれるネイディーナ大陸きっての大貴族ルベルプレディア侯爵家の令嬢だ。
 対してクーヤはただの平民――否、それ以下の浮浪者だったかもしれない。
 かもしれない、という曖昧な表現なのは、クーヤが記憶喪失だからだ。クーヤは名前以外の記憶を喪失したまま放浪していた所を、とある店主に拾われ、紆余曲折を経て現在はセレス付の見習《ペイジ》だ。

「一瞬ね。やっぱり一瞬で消えちゃったわ。残念……もう少しチーズの余韻に浸りたかったのに」

 そんなクーヤの苦言も何のその。マイペースに感想を述べた後、彼女は本日三度目のおかわりを要求してから、

「それで? 殺害方法は考えついていて?」

 まるで何気ない世間話を口にするかのような軽い口調で問うた。

「……それが俺《・》に女装をさせる理由ですか? セレスティアお嬢様」

 クーヤはしかめっ面で、金色の縁取りが入ったグリーンのカップをテーブルに置いてから醒めた口調で問い返す。
 メイドとしては無礼極まりないが、セレスは何故か嬉しそうに頬を緩め、ナナメ下方からコケティッシュな流し目を乗せて、

「さぁ? どうだと思う?」

 それがあなたち冗談でもない、とにおわせるセレスはその可憐な唇に小悪魔的な微笑を浮かべた。稀有な美女のルックス、女性らしい抜群のスタイルと相まって、男を狂わせずにはいられない蠱惑的な雰囲気を醸すが、クーヤは何故か露骨に顔を顰める。

「……それがただの戯言であることを切に願います。お互いの将来のためにも」
「将来……ねぇ」

 セレスは紅茶をふっくらした唇に含み、ゆっくり味あうように目を閉じた後、「おいしい」と満足そうに呟く。
 綺麗に反り返った長いまつげを持ち上げて、口元をほころばせるだけで紅い薔薇が咲き匂うような華やかさが増す。

「……お気持ちはお察ししますが、あまり目くじらを立てない方がよろしいのでは? そんなことよりも今は間近に迫った野外実習に集中した方がよっぽど建設的です」

 来月に迫る野外実習の話題を持ちだすが、セレスはすでに追加の焼き菓子に夢中だ。
 そんなやる気のない主人に苛立ちが募り、クーヤは素早く彼女から焼き菓子を取り上げた。

「ちょ、やだ。何するの!? わたくしの数少ない癒しを邪魔する気!?」
「少しは真剣に考えて下さい。まだ野外実習の内容すら決めていないでしょう!」

 彼女から焼き菓子を遠ざけ、野外実習に関する書類の束を差し出す。すると彼女は弱々し気に呻いたかと思うと、もごもごと口ごもりながら、

「いいのよ。そんなことよりもお前の方はどうなの? 魔具師の店主はうまくいっていて?」
「露骨に話題を挿げ替えないでください。まったく……ご心配には及びませんよ。親方の腕は天下一品ですからね。今では親方の魔具を求めて行列ができるほどです」
「まぁそうなの。さすがクーヤの先生ね」

 称賛するポイントがどこかずれている気がするが、それをあえて指摘するほどクーヤは無粋じゃない。そうですとも、と相槌を打つ。

「これもお嬢様の慈悲のお蔭です。親方たちもお嬢様に感謝申し上げておりました。嗚呼、そういえばお嬢様の護符が少し痛んでいましたね。実習も迫っていることですし新調なさってはいかがでしょうか?」

 セレスはきょとんとしたが、すぐに内容を理解すると「まぁ!」と目を輝かせて食いついた。
 釘は刺したつもりが、どうやら彼女の脳内で実習という単語は除外されたようだ。それでも挿げ替えられそうになった話題をそれとなく修正できたことにクーヤは満足する。

「楽しそう。もちろん見繕ってくれるのでしょう?」
「えぇ、もちろん」

 間髪入れずにクーヤが了承すると、セレスはふっくらした唇をほころばせ、弾んだ声で「絶対よ」と上目遣いで念押ししてくる。
 そんな年相応の無邪気なセレスの仕草はとても子供っぽく見える。主人なのに、まるで年下の我儘な妹を相手にしているかのような微笑ましさを覚え、クーヤの頬が自然と弛んだ。

(――あれ?)

 ふと、クーヤの脳裏に誰かの面影が浮上した気がした。
 だけど、次いで彼女が振った話題に彼の思考は完全に停止する。

「それで? お前の方は? 【逢引】はどうなの?」

 クーヤが、ぐっ、と言葉を詰まらせる。対してセレスは意外そうに瞬きをした後、取り澄ました顔して、その実楽しくて楽しくて堪らないという目で「どうなの?」と催促してくる。
 逢引の話題はクーヤにとってもっとも気が重い内容だ。
逢引は、自由な鱗竜《リザード》との社交の場だ。誰もがそこで鱗竜《リザード》と交流を深め、見初められた者だけが鱗竜《リザード》使いになれる。

「鱗竜《リザード》に至っては相変わらず総スカンです」

 素直に近状を口にすると、セレスは柳眉を僅かに潜めた。

「ですが魔具師の修行は順調ですよ」
「……お前はちゃんと自覚しているの? 鱗竜《リザード》使いにならなければそもそも魔力《オド》回路は手に入らないし、魔具師にもなれないのよ」

 竜騎士と一口に言っても、その職種は多岐にわたる。魔具師もそのうちの一つだ。
 魔具師は、魔力《オド》と物質と道具を組み合わせ、鱗竜《リザード》使いなら誰でも簡単に魔法が使える【魔具】を作り出す職業だ。
 だから魔具師になるには必然的に鱗竜《リザード》使いになる必要があるのだが、何故かクーヤはその適性を持ちながらも、ほとんどの鱗竜《リザード》刑類から嫌われているのだ。とくにツレがいない――自由な鱗竜《リザード》刑類には毛嫌いされている。

「重々承知しております。ですが対話をする前に魔法を展開されてしまっては……命がいくつあっても足りませんよ」
「……どうしてかしらね。昔はそんなことなかったと思うのだけれど」
「原因解明のため、私の過去を教えていただくことは」
「ダメよ」

 陶器のように硬い声が飛んだ。
 嗚呼、まずい、と思うが――もう遅い。

「恨むならお前のそのお粗末なオツムを恨むといいわ。だいたい虫が良すぎるのよ。いまさらお前が思い出したところで……何も」

 ほの暗い諦観を吐き捨てると、セレスはそれ以上見ていられないとばかりにクーヤから顔を逸らす。
 しかし一度沸騰しかけた感情を押し込めることは彼女でも難しかったようだ。華奢な肩がかすかに震えているのを見て、クーヤはただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 自分の責任とは思わずも、記憶を失ったことで彼女に重荷を背負わせているのは事実だ。
 だから、

「……申し訳ありません」

 なんの慰めにもならないだろう。けれど今のクーヤにできるのは誠心誠意で彼女に仕えることと謝罪だけだ。
 クーヤが自責の念に駆られながら頭を下げた直後、猛禽を思わせる太い雄叫びが学院中に響き渡る。
 二人は揃って空を仰ぎ見た。
 遥か高みの、切なげに染まりかけた夕雲を突っ切って、二つの影が急降下してくる。
 対の翼、長い尻尾、鉤爪を備えた四肢までがすぐに見て取れるようになった。
 飛竜《ドラゴン》だ。
 鱗竜《リザード》刑類において飛竜《ドラゴン》は通称であり、生物学上に飛竜《ドラゴン》の種名は存在しない。
 最大の特徴として一対の翼が挙げられるが、これは突然変異からなるもので故に絶対数が少なく、そのツレ――飛竜《ドラゴン》使いはネイディーナ大陸でも二人しかいない。

「お嬢様、いかがします?」
「……そうね」

 セレスは億劫そうにぽつりと呟く。
 彼女は曖昧に頭を揺らしてからゆっくりと顔を持ち上げ、何かを乞うような、憂いを帯びた眼差しでクーヤを見つめる。
 ただそれも一瞬のこと。
 瞬きのうちに彼女の顔は艶やかな淑女の微笑みで塗り固められた。
 その変化は、彼女が侯爵令嬢の仮面《ペルソナ》を被ったことが理解できる早さだった。

「まったく……手がかかる子ね。そんなにわたくしの邪魔をしたいのかしら」

 セレスがくすくす笑っているうちに、二体のうちの一体――漆黒の飛竜《ドラゴン》が急降下のまま、ドシャアアン、という物凄い衝撃音と共に着陸した。
 その光景をサロンの窓越しから眺めていた生徒たちが歓声をあげるが、中には、そんな彼らを邪推する声もある。

「ねぇ、あれってユーイ様と……新入生の飛竜《ドラゴン》使い様じゃない」
「ちょっと不謹慎じゃない? ユーイ様には列記とした婚約者――アニュアニタ様がいらっしゃるのに」
「今さらよ。だってユーイ様はあの炎竜《サラマンダー》に愛された殿方ですもの。通常の倫理観が欠如していてもおかしくないわ」
「失礼いたしましたわ。皆さま」

 セレスの凛とした声は、周囲の関心を根こそぎ奪い去るには十分だった。

「愚弟が騒ぎ立てて申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないようにきっちりお灸を据えてきますわ。せめてものお詫びに今この場にいらっしゃる方々のお気持ちはすべて我がルベルプレディア家が負担いたしますので、どうか楽しんでいらして」

 非常に品のいい淑女の完璧な謝罪の一礼を受け、周りのあちこちで感嘆の息があがる。

「はぁ。薔薇姫様」
「なんてお優しい方なのかしら」

 セレスは称賛と憧憬の視線の中を、臆することなく優雅な足取りで進む。
 それだけで空気の色を艶やかな紅い薔薇色に染め、周囲を残さず魅了する彼女のカリスマ性にクーヤは感心半分呆れ半分といった感じで追随する。

「それに引き換え……なんなのかしら。あの薄気味悪い見習《ペイジ》」
「セレスティア様もどうしてあんな薄気味悪いのを傍付きにしているのかしら」
「紋なしのくせに」

 四方八方から、嫌悪や嫉みが入り混じった悪意がクーヤを滅多打ちにする。
 理不尽だとは思わない。もっともな言い分だ。
 本来であればクーヤのような素性の知れない浮浪者が、セレスに仕えることなどできない。大貴族の、それも跡取りの身の回りの世話役――傍付きは、鱗竜《リザード》使いの準騎士《エクスワイア》と相場が決まっている。今のクーヤの立場は、セレス本人の強い希望で成り立っているのだ。

 ちなみに紋なしは、校章に鱗竜《リザード》紋――鱗竜《リザード》使いの証が入っていない見習《ペイジ》のことを指す蔑称だ。

「ごきげんよう」

 クーヤに向けられる悪意をお淑やかな挨拶で一蹴し、セレスは足早に飛竜《ドラゴン》が降り立った中庭へと向かう。
 中庭にたどり着くと、そこにはすでに二体の飛竜《ドラゴン》が羽を休めていた。
 漆黒と群青のそれぞれ対となる色合いの鱗を持つ飛竜《ドラゴン》の傍にはそのツレ――飛竜《ドラゴン》使いの男女が談笑している。正確には女子生徒が、ユーイに教えを乞うているのが正確だろうが、

『おや? クーヤではないか』

 漆黒の飛竜《ドラゴン》がグルルッと唸り声を発した。するとほぼ同時にしわがれた声がクーヤの脳裏に響く。
 これは念話だ。
 彼ら鱗竜《リザード》刑類は、声帯ではなく魔力《オド》を用いた念話でコミュニケーションをはかる。
 念話は魔力《オド》を発して、空気中の魔素《マナ》と共鳴することで成立する――精神魔法の一種だ。
 だから鱗竜《リザード》刑類と念話を成立させるには、魔素《マナ》との高い共感性が必要になる。こもちろん適正は必須だ。

(こんにちは、ハガルにヤラエリ。我が主人がユーイ様に用件があるんだが邪魔をしても?)

 クーヤが内包する魔力《オド》が無音の言葉となって飛竜《ドラゴン》に届く。

『そうか。ハガルは構わん』
『ヤラエリも構わないけれど……あんまりオフィリアをいじめないでね』

 絶対的な庇護者たちからの了承を受け、クーヤはほっと安堵しながらセレスに目配りする。

「ごきげんよう。気高い飛竜《ドラゴン》たち」

 手早く、それでいて大変心の籠った祈りを飛竜《ドラゴン》たちに祈りを捧げるセレスを見守りながら、クーヤは緊張の面持ちで飛竜《ドラゴン》使いたちに深く頭を下げた。
 飛竜《ドラゴン》使いの男女は方向性の差はあれ揃って眉目秀麗だ。セレスの登場にぎょっとしている女子生徒に対し、男子生徒は人懐っこい笑みをまったく崩さない。

「やぁ姉上。ご機嫌麗しゅう。それから君も」

 紫紺のたれ目がクーヤを捉えた。
 ぞくっ、と背筋から悪寒に似た冷たい痺れを感じた直後、しもやけのようなむず痒さを覚えて鳥肌が立つ。
 長袖のおかげでそれは誤魔化せたが、口元が妙に強張っているのを自覚し、慌てて表情を改めた。

「ユーイ。早速なのだけれど、これは一体なんの騒ぎなのかしら? こんなところで油を売る暇があるのなら、婚約者のアニュアニタ様をお茶の一つでも誘ったらどうなの? まったく……これだから浮浪児上がりの朴念仁は」
「ご、ごきげんよう。ルベルプレディア様」

 ミストグリーンのふわふわの髪の毛を持つ可憐な少女が、件の新生――ユーイに次いでネイディーナ大陸二人目の飛竜《ドラゴン》使いオフィリア・ホーエンハイムだ。

「ユ、ユーイ様は悪くありません。私が無理をいってご指導して頂いているんです。で、ですからお叱りはこの私が」
「いいえ、ホーエンハイム様。この問題は我々ルベルプレディア家の信頼と品格に関わることです。それを理解しているのかいないのか……恐らく前者でしょう」
「相変わらず手厳しいなぁ、姉上」
「お前の性根はわたくしが一番よく理解していてよ。えぇ、それはもう嫌というほどね」

 ですから、とセレスは鋭い眼差しでオフィリアをけん制する。

「ホーエンハイム様も努々お忘れなきよう。この子には国王陛下に認められ、周囲が祝福する婚約者アニュアニタ様がいらっしゃるの。婚約者がいる身でありながら、異性と……それも二人っきりだなんてアニュアニタ様が知ったらきっと悲しまれるわ」
「そ、そんなつもりは」
「止さないか! セレスティア!」

 そんなセレスに怒号を発したのは、精悍な顔つきのリオネル・バルデッサーリだ。彼の左胸には当然、鱗竜《リザード》紋が入っている。
 眉間に皺を寄せ、大股で歩み寄ってくる青年の雰囲気は剣呑の一言に尽きる。クーヤはさり気なくセレスの前に出る。何かの非常事態にはセレスの盾となるのに最適な立ち位置だ。

「止さないか、とはずいぶんな物言いですわ。まるでわたくしが彼女を苛めているようではありませんか」
「客観的に見てもそうとしか思えんのだが」
「……まぁそうですの。ではあなたの目は節穴としか言いようがありませんわね。わたくしはただユーイにお灸を据えていただけです。婚約者がいる身でありながら異性と二人っきりなんて世間体が悪いでしょう」
「それは誤解だ。彼女の自主練にはユーイを含めて俺たちも付き合っている。俺たちはいつも通り予定地で待っていたんだが……」
「へぇ……そうですの。ですが周りはそんなこと知るよりもないことでしょうけど」
「セレスお嬢様、そろそろ」

 クーヤがこっそり声を忍ばせて撤退を促すと、セレスが「えぇ、そうね」と了承する。
リオネルの眉間の皺がさらに深くなるが、オフィリアの切羽詰まった呼びかけにはっとした様子で表情を改めた。
 その一連のやり取りは、お互いの親密な関係を示すには十分すぎる。

――この×××野郎×××して×××するぞ。

 クーヤがお嬢様には絶対聞かせられない悪態を口の中で呟くのと、セレスがパチ、と音を立てて扇子を閉じたのはほぼ同時だった。

「……まぁよろしいですわ。ではユーイ今後はこのようなことがないように努めなさい。決してアニュアニタ様を悲しませないこと。いいですわね」
「はいはい。肝に命じておきますよ」

 そうおざなりに返事をした後、ユーイが「そういえば」と思い至った様子で背を向けたセレスに声をかける。

「姉上、野外実習の内容はお決めになられましたか?」

 いきなり話題を振られ、セレスは動きを止めた。彼女がそれに答えるよりも早く、オフィリアが「そう! そうなんです! 実習!」と声に必死さを滲ませ、

「ルベルプレディア様、もし野外実習の内容が決まっていませんでしたら、是非私たちのグループに入っていただけませんか? 実は私たち評価ランクAの迷宮に挑もうかと思ってて、ルベルプレディア様が居てくれたら本当に心強いです。ねぇ、ねぇ! リオネルくんもその方がいいよね? だってルベルプレディア様はリオネルくんの婚約者だし」
「あ、あぁ……」

 ホーエンハイムが望むなら、と非常に聞き捨てならない台詞を吐いたリオネルにクーヤは思わず非難の視線を浴びせた。
 その眼光があまりにも露骨だったか。リオネルを始め、他の二人も思わず息を飲んだほどだ。

「……お気遣いありがとう。でも残念ですわ」

 セレスがクーヤの腕を引いて前に出る。彼女は再びリオネルと向き直ったが、その視線が重なることはついぞ無かった。

「わたくし次の実習はクーヤの【逢引】に付き添うつもりなの」
「はぁ!?」
「……はい?」

 素っ頓狂な声をあげて驚愕するリオネルの態度に、セレスは溜飲を下げたらしい。
 まるで悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべて、同じく口を半開きにさせて驚くクーヤに「行きましょう」と声をかける。

「ま、待て! セレスティア! よりにもよって逢引などっ。考え直せ! ただの見習《ペイジ》の逢引のためだけにお前は成績を棒に振るのか!?」
「あら、逢引の護衛も立派な野外実習ですわ。ただの見習《ペイジ》? おかしいことを言うのね。この子はわたくしの傍付きよ。自分の傍付きを可愛がって何がいけないというのかしら」

 それに、とセレスはさらに言葉を重ねた。

「見習《ペイジ》を鱗竜《リザード》使いに導くのも、準騎士《エクスワイア》の立派な務めですわ」
「確かにそうだが、難易度も評価も最低ランクじゃないか! ただでさえ成績不振のくせに」
「ご心配なく。魔法学以外の成績は良好よ。わたくしの成績を心配されるよりも、飛竜《ドラゴン》使いに現を抜かすご自身を省みた方がよろしいんじゃない」

 リオネルが、ぐっ、と言葉を詰まらせた。押し黙ったリオネルに対し、セレスは嫌味なほど丁寧な所作で頭を下げて、

「ごきげんよう」

 そう言い放つと、セレスはきっぱりと背を向けて歩き出す。クーヤも慌ててその後を追いかけた。

「クーヤ、次の逢引はいつかしら?」
「本気……ですね。こりゃ」
「当たり前でしょう。成績よりも身の安全の方が大事よ。それに……クーベルセントだって簡単な内容の方が喜ぶでしょう」

 確かに、とクーヤは深く同意しつつ、最後にちらりと振り返る。癇癪を起すオフィリアに詰られたじたじになるリオネル。そんな二人を静観するユーイたち三人のやり取りにクーヤは何故か無意識のうちに胸を抑えていた。

「ふふっ、実習なんて憂鬱極まりないと思っていたけれど、今から楽しみになってきたわ。どのチーズを持って行こうかしら。ねぇ、クーヤ。クーセンベルトはどんなチーズがお好みかしら? 私の今の一押しはフレッシュタイプなのだけれど」
「……はぁ」

 弛緩した心を苦労して奮い立たせ、実習に対して著しく危機感が欠如している主人への再教育を彼はかたく誓った。

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