深緑の第4話 全4話で完結
最終話・深緑の第4話
作者 あおとら 得点 : 0 投稿日時:
「……そうだよね。困るよね? そんなことを言われても」
紫鏡は悲しそうに笑って首を振った。
「突然すべてを捨てて、違う時代に来いなんて言われても困るのが普通だよ」
「紫鏡?」
文月は紫鏡がなにを言いたいのか分からなかった。紫鏡は上を向いて、すんと鼻を鳴らした。
「でもね。私はある日とつぜん、この列車に乗って、ぜんぜん違う時代に放り出された。両親も、友達も、誰もいない時代に」
少女のまなじりから涙が零れ落ちるのが、文月の瞳にうつる。
「さびしかったよ。心細かった。どうしようって、いっぱい泣いたんだ」
「…………」
「でも、神様っているみたいでさ。泣いている私を両親が拾ってくれたんだ」
「そうか……」
「おとうさん、おかあさんは、私が40年前から来たことを知っている。どうにか帰れないか、いっしょに考えてくれた」
「やっぱり、本当の両親に会いたいよな」
それが普通だ。
しかし、紫鏡は困ったように首をかしげた。
「会いたいというのもある。でも……それよりも、私が死んじゃったと思ってそうだからさ。元気でいることを伝えなきゃいけないんだ。だから、帰るの」
強いまなざしで見つめられ、文月は胸の鼓動が一つ早まった。
紫鏡が行ってしまう。
それがたまらなく嫌だと、胸が締め付けられた。
そして、時間列車の扉が開く。
「ばいばい、だね。文月?」
「ばーか。俺も行くよ」
「……は?」
紫鏡がきょとんとした顔になる。
「はあああああ。馬鹿じゃないの! 何言ってるのよ!?」
「別にいいよ。お前となら、どこだって面白い、し?」
「意味不明だからっ。というか、なにそれ告白? 告白なの、それ! 困るんですけど!?」
強い拒絶に、文月はむっとなる。
「せっかく、俺がついていってやるっていってるんだから、そこはしおらしく、ありがとうございますだろ!」
「来んなっ、馬鹿。バカバカバカァぁぁぁ」
紫鏡ははあはあと息を吐き、長い吐息をついた。
「文月に、友達も両親もいる世界を捨ててほしくない」
「お前は捨てたのにか?」
「私のは不可抗力。それに、文月に会えたから。ありがとう。今まで」
「聞けよ。俺は一人で行かせない、って言ってるんだ」
二人で睨みあい、先に視線をそらしたのは、紫鏡だった。
「馬鹿だね、文月」
「あきらめろ、紫鏡。それに……」
二人で手をつないで、列車を降りる。
目の前に広がるのは、文月の知らない世界。
「運が良ければ、また時間列車に乗れるさ」
翡翠色の列車が走り去るのを見送りながら、文月は大きく一歩踏み出した。