深緑の第2話 全4話で完結
お医者さん電車
作者 丸鶴りん 得点 : 1 投稿日時:
この世ならざる電車。そんな言葉が文月の頭をよぎった。それに紐付けられるように、きさらぎ駅だかたす駅だといった、ネット上の都市伝説が次々脳裏に浮上する。
そんな文月の思考を中断させたのは、車両の運転席から聞こえた、人の良さそうな声だった。
「あれ? 君たちどうしたんだい? 電車は行ったばかりだぞ?」
ひょこりと顔を出した運転手は、文月が想像したような異形ではなく、ごく普通のおじさんだった。
「すみません、この電車って」
紫鏡がおずおずと尋ねる。
「ああ。これは線路の点検用の車両でね。ほら、ドクターイエローって聞いたことないかい? あれの在来線版さ」
なんだ、と、文月は溜息をついた。そりゃあそうだ。異界へ続く電車なんて本当にあるわけがない。暑さで頭がどうかしていたようだ。
「しかし……この暑さの中、三時間も待つのは無理だなぁ。どこかで時間を潰すにしても大変だろうし。仕方ない。隣の駅まで乗っていきなさい。そこからならバスが出ているから」
運転手のおじさんが二人に声をかける。
「え、いいんですか?」
「ああ。と、言っても中は機材でいっぱいだし、座席もないから窮屈な旅になるかもしれないけどね。その上、線路に異常があったらそこで停車しなきゃいけないから、いつ着くかもわからない。それでもいいかい?」
二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐにおじさんに頷いた。何もないところで三時間待ちぼうけよりはマシという判断は一致したらしい。
「じゃあ、乗って乗って。出発するよ」
おじさんは後ろのドアを開けた。電車の中から身震いするほど冷たい空気があふれ出て、文月の足に当たる。計器を冷やすために、がんがんに冷房をかけているようだ。