「昏き夜の羅生門閉づ余寒かな」の批評
回答者 イサク
昏き夜の羅生門閉づ余寒かな
こんにちは。お久しぶりです。
◆よく言われることですが、下五「かな」構文では切れを入れない方がいいです。中七「閉づ」が終止形でぶっつり切れていますので、繋ぐ調整をした方が。
「羅生門」が五音、「閉づる」と連体形は三音なので、語順このままの調整は難しいです。
◆「昏い」は日が暮れてうす暗い意味を主とするので、「夜」の修飾語としてはイマイチかもしれません。
両方解消するためには、語順調整ですかね。
・羅生門閉ぢたる夜の余寒かな
下五「かな」構文にこだわらない方が、いろいろ膨らむかもしれません。
・羅生門閉ぢて余寒の夜半に居り
・羅生門閉ぢて余寒の夜半の黙
点数: 0
添削のお礼として、イサクさんの俳句の感想を書いてください >>


昏き夜の「羅生門」閉づ余寒かな
とっぷりと更けた暗い夜に芥川の「羅生門」を読んでいた
そして生きていくことはそれこそがエゴの塊だと感じ、そのしつこい嫌悪感に背筋がぞっと寒くなり本を閉じるのであった
365季語手帖 2/17 自選没句 お題「余寒」
「羅生門」とか小説などの作品はそれだけで概念を持っているパワーワードなので扱いが難しい、、
「羅生門」の生きるためのエゴという摂理と「余寒」のしつこく残る寒さとの取り合わせはどうでしょうか?
上五が遊びの部分なのでもうちょっと練れたかも?