「春を待つトランジットのフィンランド」の批評
めいさん、こんにちは。お久しぶりです。本年もよろしくお願いいたします。
お戻りになられてホッと胸を撫で下ろしております。
貴句、拝読いたしました。
①季語
「春を待つ」の是非
人とその文化圏の時間感覚に掛かっていますよね。
「春隣」、「春近し」よりも心的・文化的主観に重心を置いた選択で、
国名・空港・通過(一時的滞在)という状況と非常に相性が良いのではないかと、
私めは考えました。
②トランジットの是非
めいさんは確かに「そこ(フィランドの空港)にいらっしゃる」。
トランジットが在る事で、
・フィンランドに「お住すまいの方」(空港の利用客、空港の従業員・労働者)、
・フィンランドに「降り立った一時的な他者」の双方が、同じ「春を待つ時間」に
包まれる構造と私めは読み解きました。
③ムーミンを入れない判断の是非
ムーミンは即物的で強い象徴。入れますと句の主役が確定し過ぎてしまいます。
句に書かなくても想像は可能ではないかという点は、
句から既に達成されていらっしゃるのではないか、と。
ムーミンを知っている読者には自然に浮かび、知らない読者でも
「北欧の冬と春の遅さ」は受け取る事ができます。
つまり、読者層を分断せず、余白の幅を保持していらっしゃる。
この点で、原句は非常にバランスが良いのではないかと、
私めは判断いたしました。
上記より、このまま味わいたいと、私めは思います。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
寒さが続きますので、どうぞご自愛ください。
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
20年前、ドイツに行った時のことです。
フィンランドの空港で、ムーミンがいっぱいいたこと覚えています。あー今頃ムーミンは、眠っているなあと、、。ムーミンを入れるには、情報過多かな?
上五春近しとか春待つやとかいろいろ迷い
音読して、決めました。
よろしくお願いいまします。