「宵火事や左の奥歯なほ疼く」の批評
回答者 みつかづ
お早うございます。ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
そして、『俳句生活』人選、おめでとうございます。
貴句、拝読いたました。
好きな句だなと、私めは思いました。
①:句の基本構造(全体像)
貴句は、俳句として非常に正統的な「外界の出来事 × 身体感覚」の二項構造で
成り立っているのではないかと、私めには感じられました。
前半:宵火事 → 社会的・公共的・非個人的な出来事
後半:左の奥歯なほ疼く → 私的・身体的・継続する感覚
両者の間に説明・因果・感情語は一切置かれておらず、「同時に在る」事だけを
提示なさっておいでの点が、まず技術的に優れているのではないか、と。
②:切れ字「や」の機能
単に切っている感じではなく、「世界が切り替わる境界線」として
機能している様に私めには見えました。
「外で起きている非常事態」と「ご自身の身体の痛み」が同列に並べられています。
これにより、「火事があっても、痛みは痛みとして続く」という
冷静で非情な現実感が生まれている様に私めには思われました。
③:「なほ」の効果(時間構造)
副詞「なほ」が貴句の核心なのではないかと、私めは思いました。
「火事は宵の出来事」、「おそらく鎮火している、あるいは収束に向かっている」、
しかし歯の痛みは「なほ」続いている。
ここで、「火事=一過性の非常事態」、「歯痛=継続する個人的現実」という
時間のズレがございますよね。
時間の対照は「なほ」一語に委ねられていらっしゃる、と。
④ 季語「宵火事」の距離感
季語「宵火事」では、場所、規模、被害状況が一切説明されていません。
にも関わらず、サイレンや騒然とした気配、一時的な非日常といった背景を、
読者が自然に想像できるのではないか、と私めは考えました。
季語が前に出過ぎず、付かず離れず背景として機能しており、その為、
火事の詳細を知らなくても読める、作者の実体験を知らなくても成立するという、
「開かれた句」になっているのではないか、と。結果として、「大きな出来事が
起きても、人は自分の身体の痛みから自由になれないという感覚が、一切の主張
無しに伝わってくる一句なのではないかと、私めは思いました。
このまま味わいたいと、私めは思います。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 1
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晩乃さんに触発され初めての季語を…
実体験です、3日の夕方にサイレンが鳴り、近所の通っている歯科医院が火災になりました!通ったら全焼ではありませんが、外壁が焦げていました。
私は今 左の奥歯を治療中で昨日が新年初めての治療日でした、 連絡があり 復帰に相当 時間がかかるので 他の歯科医院に行ってくれと言われ他を予約しました。
そのままで詩情がないかもしれません😓