「句を詠んで苦しみ抜いて小槌振る」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
私は歳時記に明るくないので、「小槌振る」が季語
かどうかの話はしない事にします。
仮に季語であったとして……問題は、「小槌振る」に込められた意味(≒書き手の思い)。
「小槌振る=願いが(簡単に)叶う/願いが叶うかもしれない/何とか願いが叶って欲しい」から
他力本願
叶わぬ時の神頼み
溺れる者は藁をも掴む
人事を尽くして天命を待つ
等のキーワードが出てきます。
で……どれを読むかによって、句の方向性が全然違ってきてしまうので、もう少しヒントが欲しいところ。例えば、
句を詠んで何とはなしに小槌振る
句を詠んでただひたすらに小槌振る
句を読んでただ一度だけ小槌振る
句を読んでふらふらのまま小槌振る
「小槌振る」の様子を書くだけでも、色々とバリエーションが出てきます。もっとも、このままではどうしたって説明っぽいけど……
句を詠みて壁切るやうに小槌振る
自らの迷いを断つように、小槌を振る。
こんな感じにすれば、迫力も出るけど……ルパンの石川五ェ門じゃあるまいし、大袈裟かもね(-_-;)
とにかく、色々と試してみると良いですよ。
点数: 1
添削のお礼として、ヨミビトシラズさんの俳句の感想を書いてください >>


生みの苦しみというのは、有るのではないかと、詠んでみました。小槌は新年の季語である打ち出の小槌の略です。願い事をして振ると願いが叶うという、縁起物。珍しい、新年の季語ですし、こんな句が添削されるかとても心配、不安…。お伽草子の中の一寸法師の物語の中にも出てきます。