「初茜高架に音の無かりけり」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
取り合わせは良いし、方向性も間違っていないけど……僅かながら違和感。
あくまで私が聞いた話ですが、「けり」は「(大きな事から何気ない事まで、事の大小に関わらず)発見や気付きに対する詠嘆」を意味する言葉だといいます。もしそうなら、「新年→高架(道路)に音がない」というのはある程度当然の話なので、「けり」を使ってまで言う事なのかと考えるとちょっと迷う。
「初茜」や「(高架の)無音」は長い時間を掛けて味わうもの……と考えれば、詠嘆するなら「けり」よりも「かな」の方が良いかも。つまり……
初茜高架を満たす静寂かな
元旦の高架を満たす静寂かな
(注:静寂→しじま)
「かな」や「をり」は、使った後に余韻が残ります。長い時間を掛けて味わいたい物に使うと効果的です。
また、「かな」を使う場合は途中で切れが無い方が効果的に響く事が多いようです。
余談ですが、思い付いてしまったのでさらに一句。
高架路の静寂満ちたる初茜
「高架路の静寂満ちたる」+「満ちたる初茜」のコンバインド句。「満ちたる」はちょっとしつこいかな?(^_^;)
点数: 2
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上を走る車もなければ、下の立食蕎麦もシャッターを下ろしている。そんな新年の愛しい静寂でした。