「小春日や子犬すやすや助手席で」の批評
回答者 みつかづ
こんにちは。貴句、拝読いたしました。
柔らかな日差しと穏やかな時間の流れを、僅か十七音の中に清らかに
閉じ込められた句かと存じます。特に季語「小春日」と「子犬すやすや」の
取り合わせに、作者ご自身の愛情と追憶が自然に滲み出ており、
読む者の心まで温かく包み込む様な情景が立ち上がって参ります。
私めが惜しいなと思ったのは1点。句末の助詞「で」について申し上げます。
上五の間投助詞「や」がございますので、この句は文語体として読まれます。
文語における助詞「で」は未然形接続の接続助詞で、
上の語を打ち消す性質がございます。
例として、小倉百人一首の三条右大臣作の短歌を挙げますね。
名にし負はば逢坂山のさねがづら人に知られで来るよしもがな
この歌の下の句は、「人に知られないで来る方法があれば良いのにな」と訳します。
つまり原句は、「助手席ではない場所で」との意味合いになってしまう恐れが
ございます。
現代文法の観点からも、大まかには以下の様な使い分けでございます。
「で」:子供達が公園のグラウンドで走り回っている。
「 に」:老夫婦が公園のベンチに座り続けている。
「で」:は動作が行われる場所、「に」は静止・存在する場所を示します。
眠っている子犬の静かな姿を描く本句では、「助手席に」とする事で情景が
より自然に、穏やかに伝わるのではないでしょうか。
したがいまして、私めからの添削案は以下でございます。
たった1文字。接続助詞「で」→格助詞「に」に変更するだけでございます。
・小春日や子犬すやすや助手席に
上記ですと文法的にも意味的にも整い、句意の柔らかさが一層際立つ様に
思われます。
以上でございます。お目通しいただき、感謝を申し上げます。
点数: 0
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車に乗るのが大好きな子でした。
ちょっとした用事の時も愛犬を隣に乗せて
出かけていました。
仔犬の頃は帰りにはよく寝てしまっていました。
家に着いてもしばらくはそのままで、自分も
休んでいました。
あれは至福の一時だったと今も思います。