「弔いのカサブランカ買う霜月」の批評
回答者 イサク
こんにちは。
先に慈雨様から出ている意見におおむね同意です。
俳句界には「季重なりダメゼッタイ」派もそれなりにいらっしゃいますが、「ダメではないが場合による」派も大勢います。「場合による」派として少し。
季語には、絶対に季節がずれない季語(明確に季節を表す「春夏秋冬」の付く季語や、日付・二十四節気などの暦の季語など)があります。
それらとは別に、季節がずれても存在するモノの季語(有名なところでは「鳥の巣」「ぶらんこ」「滝」「ハンモック」「ビール」「月」などなど・・)があります。
温室栽培などで季節がずれている花なども「季語の季節を超えて存在しているモノ」と言えて、後者に該当すると思います。御句の「カサブランカ」もそれに該当するかと思います。
後者の「季節がずれていても存在するモノ」は、「この句では、季語として使ってませんよ~~」と俳句の中で上手に処理できれば、季語として見ないふりできます。
御句では「霜月」という明確な時候季語があり、「霜月に入手したカサブランカ」と受け取ることができるかたち。季重なりは気になり難いですね。
季重なり以外の点で少し。
御句では「買う」を入れて「わざわざ購入した」という句にするのもいいのですが、
「弔いの」という説明もいいのですが、
コメントより、「柩に入れた」という事実描写と季語の選択で、「弔い」という気持ちは伝わりそうな気がしています。
・はつ冬のカサブランカを柩へと
・行く秋やカサブランカを柩へと
点数: 2
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94歳で亡くなった伯母の柩に、本人が一番好きだったという
カサブランカを供えました。
4年前の11月の事でした。
カサブランカはユリなので夏の季語です。
霜月とカサブランカ、どうやっても相いれない2つの季語。
カサブランカを外してしまっては意味がなくなります。
こういう時はどうしたらいいのでしょうか?