「今朝の冬大気の胸に澄めりけり」の批評
回答者 めい
頓さま。
コメントありがとうございます。
句意ですが、
10センチ程度しか、開かない窓から見える山茶花。哀しいほど、山茶花が山茶花してますよという意味です。
とまれ、この俳句に目を止めていただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
感謝いたします。
点数: 1
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作者 頓 投稿日
回答者 めい
頓さま。
コメントありがとうございます。
句意ですが、
10センチ程度しか、開かない窓から見える山茶花。哀しいほど、山茶花が山茶花してますよという意味です。
とまれ、この俳句に目を止めていただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
感謝いたします。
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回答者 めい
頓さま。
コメントありがとうございます。
それで、山茶花の句なんですが、
小さき窓よりのより は、わかっていただけたのでしょうか?
より が難解とおっしゃっていたので。
補足として、かみくだいて、解説いたします。
小さな窓から、見える山茶花は、見事なほど、完璧な山茶花であることよ。
それに、比べ、私は、、ということです。
わかっていただけましたでしょうか。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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回答者 みつかづ
こんばんは。貴句、拝読しました。
冬の朝の清々しさがとてもよく伝わってくる一句だと、私めは思いました。
「胸いっぱいに大気を吸い込む」という行為の実感が、
読者の身体感覚にも響いてくる様です。
まさに立冬の朝に相応しい透明な詩情を、私めは感じました。
2点だけ申し上げます。
まず上五の「今朝の冬」は少し語順が逆に響きます。
「冬の今朝」とすると、季節と時間の焦点がより自然に収まり、
冒頭から句の景が引き締まるのではないかと私めは思いました。
次に、句末の「けり」は詠嘆の余韻を生みますが、
この句の主題は「気付き」よりも「澄み渡る身体感覚」そのものでしょうから、
補助動詞「をり」や助動詞「なり」に置き換える事で、
心と自然が同時に澄む様な連続感が出てくるのではないかと私めは思いました。
以下、私めからの添削例。語順と句末を1カ所ずつ整えるだけでございます。
A:冬の今朝大気の胸に澄めりをり
→ 身体と自然が一体化して「澄み渡る状態」が続いている描写。内的感覚
B:冬の今朝大気の胸に澄めるなり
→ 「ああ、今まさに澄んでいるのだ」という客観的・断定的な詠嘆。外的観照
この様になされば、「をり」は状態の継続、「なり」は断定・所在を示し、
どちらを選ばれても冬の朝の清らかな空気が伝わる句となるのではないかと
私めは思います。
原句が既に素直で美しいだけに、ほんの僅かな語順と句末の調整で
一段と深まる句ではないでしょうか。
以上でございます。お目通しいただき、感謝を申し上げます。
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回答者 独楽
白菜の句へのご質問にお答えします。
白菜に見られる自然の造形のことです。丸い宇宙かあって、地球が丸でキャベツも芯まで丸い。
比喩としての読みで、高市総理の言われた、「世界の真ん中」とい言葉にも引かれました。
要は真ん中という言葉の広くて深い意味を詠んで見たかったのです。
俳句は報告、伝達の文芸ではないと理解してまして、そんな風には取れないとお思いななるかもしれませんが、本質的な話しではないと私は受け止めています。
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本日は立冬…朝参りを終えたのち、境内で、胸一杯に大気を吸い込みました。