「独り居の会話の無きや秋の暮」の批評
回答者 みつかづ
こんばんは。幾つか反論がございます。
<客観的にコメントされた他の方へ「火の粉が飛ぶよ」旨のまるで脅すかのような
コメントを和歌女さんがなされたから、申し上げたものです。
でしたら、「他の方は関係がありませんので、私に仰ってください」と
お書きになれば良かったのではないでしょうか。
「言葉を慎みなされ!」とお書きになってしまっては威圧的では、
人格攻撃であると、言われたお相手はお思いになるのではないでしょうか。
「評論家」も同様でございます。詭弁でございましょうや。
『俳句添削
道場』に職業的な俳句評論家の方はいらっしゃいません。
ですのに、お相手に「評論家」等とお書きになれば、人格攻撃と受け取られる
余地が多大にありましょうや。違いますでしょうか?
言論の自由とは、倫理的責任を負ってこそ成立するものでございます。
そして、句に対する批評と、人格攻撃とは全く別でございます。
頓さん、その点を履き違えていらっしゃいませんでしょうか?
思いを言葉になさる際に、句に対する批評になっているのか、
人格攻撃と受け取られかねないものになっているのか、
その点をご精査なさってくださいねと私めは申し上げている次第でございます。
<貴兄仰せのロジックは、偏っているようにしか思えず、誠に、残念であります
その様にお思いであれば、何処がどの様に、何故偏っているのか、ちゃんと
お書きになるべきではございませんでしょうか。
<『ご鑑賞も、ご推敲も、もっと丁寧に』」…コレまた高め目線の言いたい放題と、
かなりの怒りを感じました
その受け留め方こそが、そもそも文章を読めておらず、「感情的過ぎです」と
私めが指摘した根拠でございます。
私め、「もっと」と書いております。「丁寧になさっておいでですが、
その精度を是非ともお上げください。頓さんにならできます」と
申し上げているのでございます。現に、ツナ缶の句に比良山さんは
ご指摘なさいましたが、私めは大絶賛したではありませんか。
明らかに句に対する、句との向き合い方に対する批評であるにも関わらず、
人格攻撃であると受け取られ、お怒りになったのであれば、それが
そもそも誤読でありましょうや。大体、「上から目線」とお感じになったのは
どの様な理由でございましょう?
実際、頓さんの方が実績が上でしょう、入選経験もおありで。
私め、その様な経験・実績なんて全くございません。
「鳴け鳴けよ命短き法師蝉」をお詠みの、あの頃の頓さんは、
何処に行ってしまわれたのでありましょうか。私めには非常に残念でなりません。
<その責めを私に負えと仰せですが、それは、正に、不条理なことであります
和歌女さんに謝罪する事をあなたに要求する事の、
何がどの様に不条理でございましょうか?
現に、あなたが怒らせたのは事実でございます。私め、和歌女さんにも後で
「流石にそれはやり過ぎではございませんでしょうか?」と申し上げる次第ですよ。
不条理を申し上げるなら、両者の争いに巻き込まれる第三者が、
最も不条理な立場に置かれているのではございませんでしょうか?
そこをご理解なさっていただきたいと、心から申し上げる次第でございます。
以上でございます。幾度もお目通しいただき、感謝を申し上げます。
点数: 1
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>


又もや、一時なるも、「独り居」になりました…。