「盟友の星の増ゆるや天の川」の批評
回答者 みつかづ
再来失礼したします。
1点お伝えし忘れておりました。申し訳ございません。
頓さんの原句は「現在形」、「現在進行形」の印象が字面に出ているのですが、
「一年で相次いで三名の盟友、いや戦友とさえ言える人物たちが早逝致しました」と
お書きいただきましたので、「しまった。作者コメントの
「盟友が相次いで早逝」の部分を私は考え切れてなかった」と反省いたしました。
従いまして、「時制」という観点から、頓さんの好みで原句、以下の案を
比較・検討なさるのはアリかもしれないと私は考えました。
本当に微調整レベルです。
A:盟友の星の増せしや天の川(直接過去の助動詞「き」+問い掛け・疑問)
B:盟友の星の増せるか天の川(完了・存続の助動詞「り」+問い掛け・疑問)
※ A、B共に助詞「や」は「か」に入れ換え可能
句意は原句の現在形or現在進行形を過去形、現在完了進行形にしただけの
「活躍した盟友達は星になってしまったのでしょうか?」
Aは点で強めに気持ちを押し出す印象、Bは線での気持ちの表現で、
「悲しみはまだ続いている」を含ませる印象です。個人的には、B案が
頓さんの今年の悲しみに最も沿っているかもしれないとの考えです。
ご参考までにどうぞ。
次に拙句、「月がキレイ二十三時の京都駅」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/31789
これは「奈良県民あるある」を、漱石の逸話から「月が綺麗ですね」のフレーズを
地域性を加味した上で、現代人はどの様に読み解くか?との試金石的な所ですが、
やり過ぎた感がありました。これはもう、負乗さん、頓さんの案に私も同意です。
書かずして「もしかして漱石の逸話? 綺麗じゃない満月は普通在り得ないし」と
読者に思わせるのが最適解でした。
読者はラブロマンスや別の感情解釈に読み解いても良いですし、
深読みして気付かれた方は、「ああ。最終新幹線で23:00京都着。
奈良県民の終電終わったのか」に気付いてクスッと笑っていただけるでしょうし。
そこを読者に委ねるべきでした。
以上です。ご覧いただきありがとうございました。
点数: 1
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>


盟友が相次いで早逝…辛うじて観える天の川を仰ぐ度に、彼等の顔が浮かんでまいります…。