「今吾の望む余生や春の風」の批評
頓さま、こんばんは。
三段切れ、指摘しようと思ったら詠み直されてました(笑)。さすがです。
先に気になった点を。
〇「今吾の」と言う必要があるか?
俳句
では特に断りがなければ、過去や未来ではなく「今」のことを言いますし、他人のことではなく「吾」のことを言いますので、無くても通じそうです。
ただしそれでもなお、「今」なんだ、「吾」なんだ、と強調したいのであれば入れるのはアリだと思います。御句はそういう主旨なのかなと感じましたが、ちょっと感情が出すぎている感も…迷うところです。
〇「望む余生」が初読で意味をつかみ切れず。しばらく考えて、この「望む」は「希望する」ではなく「見る、眺める」という意味なのかとわかりました。
「臨む」とした方がわかりやすい気がしますが、微妙にニュアンスが変わってしまうでしょうか?
上五中七は「わが余生」くらいにまとめるのも一手かもしれません。
上五中七に映像がないので、季語
は具体的なものを置きたいですね。
私は動物や植物を想いましたが、「春の風」、悪くないと思いました。
様々な命の産まれる春を呼ぶような風。余生を前向きに、まだまだこれからだと考えている作者の心情が伝わってきます。
余談ですが、余生を詠んだ俳句ポスト(兼題:囀)の特選句が凄かったので、勝手に紹介します。夏井先生
の批評も含め、参考になれば。
・余生みな持つてかれそな囀りだ/星詩乃すぴか
https://haikutown.jp/post/result/other-friday.php?k_no=295
またよろしくお願いします!
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>
前作、三段切れでした^^;。
読み直しました。以下のコメント、前作と同じですが…。
前前作では、私が「凡人」と言われて落ち込んでいる、との噂が…何やらご迷惑お掛けしたようようですが、そもそも凡人ですので、落ち込む理由がないし、そんな心優しき人間じゃございませんのですが(笑)…言葉の一人歩き…油断無き…を改めて知りました。ご迷惑の段、お詫び申し上げますm(_ _)m。
さて、今回は、今の自分の心境を詠みました…自身のこととなると、なかなか難しいですなぁ…。心穏やかが、何より一番かと…。「発想」も「句」も「凡人」です(笑)。