「春雨に滲たる肩の重さかな」の批評
回答者 慈雨
東野宗孝さま、こんばんは。熱心な勉強に頭が下がります。
今回もたくさん投稿されましたね…テキパキとコメントできない私のような人間からすると、できれば日を分けて1句ずつ投稿してくださった方がじっくり鑑賞できるのですが(笑)。
投稿された中で一番良いと思ったこちらにコメントさせてください。
(ちなみに「滲たる」は「しみたる」でしょうか?それなら「滲みたる」かな?)
雨に濡れた肩に「重み」を感じたという捉え方には詩がありますね。「かな」という柔らかい詠嘆も句の雰囲気に合っていて、とても佳いなと思いました。
少し細かいですが、気になったのは2点です。
〇「春雨『に』滲みたる」ですと、春雨に対して何かが滲みているように見えます。
春雨『が』肩に滲みているわけですから、「春雨の滲みたる」が適切かと思います(「が」でもいいですが、「の」の方が韻文らしくなるので)。
〇季語「春雨」。
これを使うからには、やはり夏や秋や冬とは違った、春の雨ならではの感慨を生かしたいです。
「春雨」の特徴は、①静かに降りつづく雨であること。②花や蕾を膨らませる、希望のある雨であること。この句に合っているかどうかは考えどころだと思います。
長くなってすみません。以下、余談です。
故・平井照敏氏が、歳時記の中でちょうど「春雨」を例にとり、季語の本意というものについて以下のように解説しています(一部抜粋)。難しいですが、大事なことだと思うので、よかったらぜひ読んでみてください。
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よく言われることだが、「春雨」ということばを使ったときには、「をやみなく、いつまでも降りつづくやうにする」のが本意なのである。春雨といっても、現実には、大降りの激しい雨も、すぐやむ雨もあるだろう。しかしこのことばを用いたら、しとしと降りつづく雨をイメージしなければ本意にそむくことになるわけである。ことばの真実というわけである。
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点数: 1
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>
いつも、親切で丁寧なアドバイスを頂きありがとうございます。
これ迄、70句ほど投句し、沢山添削をして頂きました。
まだ全ではありませんが、40句程の添削のコメントの要約を一覧にして見ています。
ここで一旦投句させて頂きました。
また、同じ間違いなどがあるかもしれませんが、よろしくお願い致します。
・春とは言え、傘をさしても、肩から沁みてくる冷たい水が、心に抱えている悩み事の様に重く感じられると詠んでみました。
・「春の雨」と「春雨に」で、迷いましたが、「春の雨滲たる」と、連続している様に見えて、「春雨に」としました。
・実際に声に出すと、「春の雨」と「滲たる」を分けて読んでいるので、気にならないのかもしれません。