「深き春誓いし声に時を超え」の批評
44歳マンさん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。「厳しくしてください」とのことですので、そのようにお伝えします。
まず俳句そのものがどうかという前に、ご友人の結婚式でお読みになるとのこと。私の経験からですが、俳句は、色紙とかに書いて渡したりするのは効果的なのですが、その場で読みあげるのは、いまひとつ盛り上がらず、皆さんポカーンとしてしまいます。
これは上手い下手の問題ではなく、特に俳句は短いので、鑑賞が追いつかないためのようです。ボードのようなものに書いて、お見せしながらであればまだいいとは思いますが。
この点、まず、一応お伝えしておきます。
次に俳句ですが、まず気になりましたのは「深き春」です。晩婚だからとのことですが、この季語には、「もう春が(一番いい季節が)過ぎようとしている/過ぎてしまった」というような意味があるようです。結婚式に相応しいでしょうか?
もちろん、先に申し上げたように、皆さん一度聞いただけではわからないと思いますし、まして句会でもなければツッコミなどあり得ないとは思いますが、念のためお伝えしておきます。
中七の「誓いし声」とか、下五の「時を超え」、これらも一生懸命お考えになってものすごくこだわりがある措辞のようですが、正直申し上げて今一つ意味がよくわかりません。
そこそこ俳句に関心のある私が何回か読んでもよくわからないので、一度聞かされただけでは、皆さん理解できないのではと思います。
そこで、こんなのはどうでしょうというのを置かせていただきます。もちろん、44歳マンさんはとても深く考えていらっしゃるようですので、あくまで参考です。
・春の日の誓いの言葉時を超え
原句の雰囲気を変えずに、わかりやすく、おめでたくしたつもりです。よろしくお願いします。
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中学生から30年以上の付き合いのある友人(新郎)の結婚式で読む俳句です。結婚式は4月です。春の深さを晩婚の象徴として用いました。新たな誓いが過去を超越する力強さと新鮮さを持っていることを表しています。「誓いし声に」の部分で、晩婚であることの重みと、それでもなお新しい始まりへの期待を込めました。「時を超え」で、どんな時も乗り越えてきた二人の強さとこれからも変わらない絆を表しました。自分的には下五がしっくりきていません。