「夜の秋一人佇む窓明かり」の批評
回答者 ケント
お早うございます。
季語夜の秋、大変失礼しました。無知を恥じ入ります。
また、なおじいさん、げばげばさんにもお手数をお掛けいたしました。勉強になりました。
お詫びとお礼まで。
点数: 0
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作者 これさん 投稿日
回答者 ケント
お早うございます。
季語夜の秋、大変失礼しました。無知を恥じ入ります。
また、なおじいさん、げばげばさんにもお手数をお掛けいたしました。勉強になりました。
お詫びとお礼まで。
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回答者 なお
これさんさん、こんにちは。初めまして。
御句拝読しました。
のっけから厳しいことを言うようですが、道場に、ご投句なさったのですからね
御句、夜の秋という
季語の斡旋はいいと思います。なかなか出てこないのではと思います。
また、窓明かりとは響き合うと思います。
ただ、「一人佇む」という措辞が、言い方は悪いですが月並みです。場合によりますが、あまり数人で佇むこともないですし。「一人佇む」のは、何か思うことがあったり、そういう状況になった理由が、あるはずで、それらを詠んだほうがいいようです。
そこで御句は、とコメントを見ると、「一人で留守をした時の句」とあります。細かいようですが、「留守をする」というのは外出して不在にすることであり、もしかしてこの句では「留守番をする」ではないかと思いました(違っていたら申し訳ありません)。
その、一人で留守番の心細さに、どこかの家の窓明かりが楽しそうに見えたという句ではと思いました。
もしそうなら、
・夜の秋留守番の身に窓明かり
ああ、「今一つないよりましの提案句」ですが、置かせていただき失礼します。
点数: 2
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回答者 独楽爺
こんにちは。
私が不勉強であまり見慣れないので、夜の秋はしゃれた季語のように感じます。
窓明かりがお家とは違うお向かいの窓明かりのようにも感じ情景に膨らみが生まれています。
ただ、佇む窓明かりだと主語が窓明かりともとられ、お家の中だけの情景とも解釈できます
ここは佇みと連用形にして、窓明かりを切り離すことで、情景の膨らみがより明確になるかなと思います。
”夜の秋一人佇み窓明かり”
ご参考までに。
点数: 1
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回答者 ケント
こんばんは。
季語について、一言。
秋の夜 もしくは 夜半の秋 でいいのでは。
それをわざわざ、夜の秋とされているのには、何か狙いがあるのでしょうか?
やはり、季語としては疑問が残ります。
よろしくお願いいたします。
点数: 1
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回答者 かこ
窓明かりだと差し込むのと漏れ出すのとふた通りあると思うのですが、初読では、夜外を歩いていて窓の明かりと映る人影を見たと言う風に漏れ出す窓明かりで読んでしまいました。
夜の秋向いの家の窓明かり
ぐらいの方が読み手が室内にいることが伝わるように思うのですが。
点数: 0
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回答者 なお
これさんさん、こんにちは。
再訪です。
ケントさんの季語の問いかけにお答えになりますか?
歳時記をお持ちであれば、「秋の夜」と「夜の秋」の違いはおわかりいただけると思いますので、それをお伝えいただければと思います。
作者でもない私が余計なことかと思いましたが、先にコメントを置かせていただいた関係で気になりましたのでしゃしゃりでてきました。失礼があればご容赦ください。よろしくお願いします。
点数: 0
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回答者 げばげば
こんにちは。
げばげばと申します。
夜の秋、わたしも好きな季語です。なおじいさんと違って夏が苦手なので、よく小さい秋を探します。とくに晩夏の夜は次第に秋の気配になってきて、夜の秋って感じで大好きです。
昔、
幹二朗のリア王果てて夜の秋
と詠んだことがあります。
ちなみに秋の夜は、文字通り秋の夜、夜の秋は夏の季語で、秋を感じ始める夏の夜ですね。
さて、私は小さい秋を見つけるのが好きだと言いましたが、これさんは、晩夏の夜の何に秋を感じますか?
一人窓辺に佇むだけでなく、それを詠み込みと読み手の想像が広がるのではないでしょうか。
点数: 0
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
一人で留守をしたときの句です