「蜘蛛の脚全てたたみて終わりとす」の批評
回答者 中村あつこ
こんにちは。初めまして。
拙句、紫陽花にコメントありがとうございます。昔の事ばかりを懐かしく思い出す歳ですが、宜しくお願いします。
蜘蛛が脚を全てたたんで終るとは、見事な最期ですね。お手本にしなければです。
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作者 めでかや 投稿日
回答者 中村あつこ
こんにちは。初めまして。
拙句、紫陽花にコメントありがとうございます。昔の事ばかりを懐かしく思い出す歳ですが、宜しくお願いします。
蜘蛛が脚を全てたたんで終るとは、見事な最期ですね。お手本にしなければです。
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回答者 げばげば
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
御句。卓鐘さんのコメントにもありましたが、効果を確信するとはなかなか深いですね。動詞をふたつにする三つにする、あえて経過を詠みこむ、季語が死んでいる、どれも詩になって読み手へ届けば、やっていけないことはないと言うことなんでしょうね。
一方で、この句は、やはり終わりの意味が受け取りにくい点でひかかりました。動詞は2つのままで提案です。
脚をみなたたみて蜘蛛は果てにけり
点数: 4
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回答者 つちや郷里
めでかやさんこんにちは。
死んだ蜘蛛が季語として成立するかどうかですが、以前プレバトで森口瑤子さんが死んだ蜘蛛の句を詠んで昇格していたので、大丈夫だと思います。
御句ですが、この句を読んだだけでは死んだ蜘蛛のことを表現しているということは伝わりづらいかと思います。少なくとも私は、死んでいる蜘蛛のことだと理解するのに時間がかかりました。
森口さんは「果ててゐる」という言葉を使って、死んでいることを表現していたので、それを拝借して
。『蜘蛛は脚全てたたみて果ててをり』
こんな感じでどうでしょう。
点数: 1
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回答者 めいしゅうの妻
めでかやさま
こんばんは。
さすがに、生き物を良く観察されているなと感心しました。確かに蜘蛛の死骸を見ると脚を内側に折り曲げて丸くなっています。
めでかやさんはこの句にどんな想いを託されたのかは分かりませんが、私は人間の終活を想像しました。【全てを折りたたむ】に、心の整理とか、物の整理とか、そんな思いを感じました。その俳句から詠み手の意図とは違う何かを感じたとしても、それは読む人の自由でいいはずです。
ただ、こういう句はなかなか他人には評価しずらい句ですね。
【蜘蛛が脚を全部折りたたんで死んでいるんだあ】と何の感慨も湧かない人もいるかも知れませんね。
季語の対象が生きているか、死んでいるかは問題ないと思いますが・・・・
例えば、植物季語でそれが咲いていようが枯れていようが、朽ち果てていようが
季語としていいのでは、と思いました。
最後に、これは蛇足になるやも知れませんが
蜘蛛の脚全てたたみて眠るなり
蜘蛛にもう一度眠りから覚めるチャンスをあげたいと思いました。
よろしくお願いします。
点数: 1
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回答者 かこ
こんばんは。
空蝉、落蝉という季語もありますし、既に生命がないものを詠んではいけないという事もないように思います。
貴句は整っていると思います。
点数: 1
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回答者 めいしゅうの妻
めでかやさん
こんばんは。再訪です。
終活の意で、合ってて良かったです。(ほっ)
拙句ですが、最初は、マケルナと夏の朝からカツ食らふ でした。
投句する時になぜか、語順を入れ替えてしまって、5,5,5となってしまっていますね。相変わらず慌てん坊です。失礼しました。
また、よろしくお願いします。
点数: 1
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回答者 卓鐘
こんばんわ!コメントいただいてたのに遅れてすみません。よろしくお願いします。
御句ですが、基本動作の主語は作者と読みますので、蜘蛛の足をたたんで、なにを終わりにしたの???殺したの?となりました。
腐った季語だろうと、動詞二つだろうと、死んだ季語であろうとなんでもありだと思います。ただ、効果を確信してやらないと失敗しやすいパターンがあるだけかなぁと。
虫なんかは死を詠んでも特に問題ないと思います。虫の死もまたその虫の側面であり季感も十分にありますからね。
点数: 1
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チェックシート#9
動詞はひとつまで、経過を詠んでないか?。
たたむ & 終わりとす 動詞が二つなんですよね。
しかし浮かぶ景は『蜘蛛の屍』であり、経過は感じなかったのでそのままに
しちゃいました。
実は、それよりも聞きたいことがあって、この句を詠んだのです。
季語が死んでいては、駄目ですかねぇ?。
現在キープしている、他の2句もそこに生きた蜘蛛の姿はありません。
骸であったり蜘蛛の囲だけであったり・・・。
ご助言頂けたらありがたく思います。宜しくお願い致します。