「カタカナ語苦手な父や茄子の花」の批評
回答者 西風子
イサク様
放生会の西風子です。コメント、添削ありがとうございます。卓鐘様への回答と重なりますが、投句以外に、
無季と言われるかもしれませんが、
水桶や魚躍り出る放生会、を詠んでみましたが、こちらは躍っていました。もっと軽く詠ったほうがいいのでしょか。引き続き、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
点数: 0
添削のお礼として、西風子さんの俳句の感想を書いてください >>
作者 イサク 投稿日
回答者 西風子
イサク様
放生会の西風子です。コメント、添削ありがとうございます。卓鐘様への回答と重なりますが、投句以外に、
無季と言われるかもしれませんが、
水桶や魚躍り出る放生会、を詠んでみましたが、こちらは躍っていました。もっと軽く詠ったほうがいいのでしょか。引き続き、宜しくお願いいたします。ありがとうございました。
点数: 0
添削のお礼として、西風子さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 卓鐘
「説明するな」に対する僕なりの理解をまず書かせてください。
なぜ説明が良くないのか?それは読み手の想像力を制限し句の世界が広がらないから。だと考えています。映像をただ示すだけでいろんなことを読み手は想像し状況を把握できるのに、その結果だけを説明されると興ざめです。
ただ、逆に状況や映像を限定することで、句の世界を制限してしまうことだってあると思うのです。説明的な表現をすることで返っていろんな想像や状況を連想させることも。
掲句の「カタカナ語苦手な父」はまさにそういうタイプの説明と考えます。どう苦手かを出されるより、ただ「カタカナ語苦手」と言われるだけで機械音痴であったり、発音がうまく言えなかったり、文章が理解できなかったり、いろんな不器用な父のイメージがそれぞれの読み手の中に連想されます。ここは、苦手な状況を映像としてみせるより、単に苦手とだけの方が句が広がると考えます。
そして、「茄子の花」との取り合わせがいいですねー。ナスのなんとも間の抜けたイメージがカタカナ語の苦手な父をひびき合います。「親の意見と茄子の花は千に一つも仇はない 」の諺も連想されますね。ここも威厳のあるぶっきらぼうな父のイメージと釣り合う。
とても良い句だと思いました。
点数: 4
添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 秋沙美 洋
イサクさん、こんにちは。
「カタカナ語苦手な父や」が僕には父の性質を説明しちゃっているだけの言葉に見えました。
実際に父が言い間違いをしている場面などを描写出来ると、より映像として明瞭になるかと思います。
色々いじくり回している内に、添削句はただ滑舌が悪い人の句になってしまいましたね。ナシュの花…笑
点数: 1
添削のお礼として、秋沙美 洋さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 なお
こんにちは。
イサク様、拙句「泉あり雑木林に…」のご評価ご添削有難うございました。実は私は俳句
および季語
について、先生とかお教室とかで勉強したことはありません。亡き義母は金子兜太に師事した俳人でしたが、残した句集を読んでも感覚が合わなくて…。
俳句には季語が重要とわかっていても、なんの関係もない十二音に「山笑う」とか「風薫る」とか付け足して出来上がりでは、これでいいのか?
季語とはいえなにがしかのメッセージを含ませなくては…と考えていました。これが裏目に出ました。
特に「泉」については、季語的イメージが湧かなかったために、なんとか身近なものに置き換えて…とか考えて、湧き水とか清水のようなあさっての句を詠んだり、考え過ぎて遠くへ行ってしまいました。
そこへイサクさんのこの句。「カタカナ語の苦手なお父さんと茄子の花がどういう関係があるんだよ、単に下五に季語を置けばいいということ?」
とか疑問に思って他の方の評価を拝見。そして卓鐘さんのご評価を見て目が覚める思いでした。
口から出る言葉はカッコいいわけではないけれど、一つひとつがみんな自分のためになる。茄子の花って、うす紫であんなにきれいなのに注目されるのは実のほうだから目立たないよなぁ。でも、親の意見となすびの花は千に一つも無駄がないというのはよく言ったものだなぁ…。
素朴で人付き合いも得意でないお父さんかもしれませんが、子どものことを考えてくれているんだ、ということまで伝えている。これが季語の力なんだ!
そう思うとこれは、すごい句だなと感動しました!
有難うございました。季語とこのように付き合い、大切にして、季語も他の十二音も引き立たせる句作りを目指していきたいと思いました。
点数: 1
添削のお礼として、なおさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 よし造
拙句・・コメントありがとうございました。
御句・・茄子の花の取り合わせの句は、なにが響き合っているのか私には分からない句が多いのですが、この句もそうです。ただ、響かないとも思いません。ナスを育てている父親のイメージと考えると私にはよくわかりますが、多分、季語にもっと違うものを見ているのだろうと想像しました。
点数: 1
添削のお礼として、よし造さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 負乗
イサクさん、こんばんは😊
毎度の拙句へのコメント、ありがたく思っております。
御句ですが、朴訥な「父」と「茄子の花」、他の皆様の仰るとおり、響き合っていて良いな、と思いました。茄子の実も「父」のイメージがありますかね。
ただ「苦手な」よりも、「喋らぬ」としたほうが、鮮明になるかなと思い、変えてみました。
句意を損ねていたら、ごめんなさい。
点数: 1
添削のお礼として、負乗さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 西風子
イサク様
秋のない西風子です。
添削、ありがとうございました。確かに理屈をこね回しています。浅はかな理屈は
かえってマイナスになるのでしょね。還るを使わなかったのは還るは理屈ぽいと思ったからです。初秋は目の前に来てるが、本格の秋は、さて来るのかな、あの若かかりし秋がめぐり来ることがないように。
実はこれは百歳の小野小町の「関寺小町」に材を取りました。そんなことは読者の知る由もないことですが、何とか句にしたかった。その時、のもう一句、
茜さす関寺の鐘聞こえけり です。
理屈臭が消えた冷えた景色が詠めるようになりたいです。なお、精進します。ありがとうございました。
点数: 0
添削のお礼として、西風子さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 卓鐘
アロハシャツのコメント何度もありがとうございます。
一晩寝ると、自分だけが面白いと思ってたことに気づき愕然とします。。。
点数: 0
添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 卯筒
深すぎてよく理解できなかったです。
こう言う凄い句も理解できるように勉強させていただきます。
ありがとうございます。
点数: 0
添削のお礼として、卯筒さんの俳句の感想を書いてください >>
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
どこか発音がおかしかったり