「湿原に夏来たと云へ紅日陰」の批評
回答者 まちる
添削した俳句: 湿原に夏来たと云へ紅日陰
「湿原に夏来たと知る紅日陰」
「湿原の夏紅日陰の知らせなり」
「風薫る湿原の紅日陰なり」
アイディアの羅列です。
知らせ等は既に考えられてるかとは思います。
あくまで私の感覚ですが「夏が来たと云へ」に違和感を覚えます。
【夏が来た事】を蝶が云う状況になるを望む投げかけ。
なんというのか夏が置いてきぼりといいますか
夏が来たかどうかって自身で体感できてそうで、それを蝶に言えという所が単に蝶が言葉を発することを望んでるのみに見えてしまう。
紅日陰の逸話に夏を運んでくるなどがあるとしても句としておかしくなり、その時はまだ夏では無いという事で別の夏を望むような事が感じられる季語(晩春とか?)にすべきかなと。
なにか推敲のお手伝いになれば幸いです。
点数: 1
