俳句添削道場(投句と批評)
みつかづさんのランク: 師匠151段 合計点: 572

みつかづさんの俳句添削依頼

最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。

姪御らのいさ気は知らず雛納

回答数 : 2

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また来ぃや脚長蜂のフライング

回答数 : 3

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氷踏み抜く皆坂よ上郡

回答数 : 1

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青丹によし奈良見行はす佐保姫よ

回答数 : 6

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春炬燵切りつる牌に三家和

回答数 : 3

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みつかづさんの添削

「春雨や今日も今日とて無精髭」の批評

添削した俳句: 春雨や今日も今日とて無精髭

 
ネギさん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。

無精髭と響き合って季語は生きていますが、作者が無精髭であると読まれてしまう
危険性が高いので、「誰の髭なのか?」をお書きになると良いと私めは思います。
ネギさんご自身が無精髭ではないのは、『俳句添削道場』で長らく交流が
おありの方は分かりますが、そうでない方は「作者ご自身の事かな」と
思っちゃいますので。

以下、添削例です。当て嵌まっているものをお選びいただければと思います。

人物を特定しない場合
A:春雨やあの人今日も無精髭(単数人)
B:春雨や今日も彼等は無精髭(複数人)

家庭・家族関係者の場合
C:春雨や息子よ今日も無精髭
D:春雨や夫よ今日も無精髭
E:春雨や孫よ今日また無精髭
F:春雨や娘の彼は無精髭

会社・アルバイト先関係者の場合
G:春雨や上司よ今日も無精髭
H:春雨や先輩今日も無精髭
I:春雨や同僚今日も無精髭
J:春雨や結局部下は無精髭

Aが無難と言えば無難ですかね。

次に、コメントありがとうございます。
「去る」という程ではないと思いますが、一身上の理由でしないといけない事が
増えてしまいました。そちらに時間を割かないといけなくなりましたので、
こちらでの表立っての活動は3月いっぱいまでで、
以降はたまにフラッと見に来る感じです。

私めは作句や添削に長い時間を必要とするタイプですし、いい加減な添削するのは
作者様に大変失礼になりますので、そうしてしまうのは不本意というのが理由で、
こちらでの表立っての活動は3月いっぱいまでとの決断に至りました。

2年という短い間でしたが、皆さんには大変お世話になり、
様々な勉強させていただきまして、感謝の念が絶えません。
皆さんどうぞお元気で、俳句を心からお楽しみいただければと祈念いたします。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「雲梯の地を均しゆく春の雨」の批評

添削した俳句: 雲梯の地を均しゆく春の雨

 
晩乃さん、こんにちは。
拙句「春の夜や寝る姪の鼻蹴つる稚児」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/34143

・寝る姪の鼻蹴る稚児と春夜かな

人物ではなく、場面の方をオチにする手がありましたか。これは味良しですね。
季語「春夜」の立ち上がり方がグレードアップしていますよね。
<中七までで「どういう状況!?」と思わせておいて、下五で「なるほど夜のことか、しかし春にしては忙しないな」と感慨を生ませる句形
これがより、季語の本質に迫る語順ですよね。流石は晩乃さん。恐れ入りました。

さて、貴句。拝読いたしました。

着眼点が鋭いですよね。
小学校にせよ公園にせよ、子供達が飛び降り、踏ん張り、地表が荒れる場所。
その凹凸を春の雨が1粒1粒ゆっくりと、確実に均一にしていく。

子供達のエネルギーの痕跡を、春の雨の静かな力が上書きしていくコントラスト。
「均している最中(さなか)」。春の雨の優しさと、物理的な「質量の移動」が
リアルタイムで、17音の中で静かに同期なさっていらっしゃいますよね。

現在進行形での「時間の不可逆的な美」ですよね。とっても味が良いですよね。

野球で例えますと、晩乃さんは「球種が豊富な投手」ですよね。
どの様な球を投げてくるのか全く予想が付かない。なので次の貴句も
拝見したくなるという、良い意味である種の中毒性がある様に思えます。

このまま味わいたいと、私めは思います。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「春雨や傘をドラムに大行進」の批評

添削した俳句: 春雨や傘をドラムに大行進

 
西住さん、こんにちは。貴句、拝読しました。

比喩でしょうけど、幾ら何でも大げさなのではないか、と。
初読で、「春の雨の中、傘さしながらドラム叩いて、
一体何処で何の大規模デモ?」と私めは思いました。
何故なら、行進とは「多くの人が隊列を組んで進む事」を意味する名詞ですので。
つまり、集団なんです。その集団の中に作者が居る、加わっているとの読解が、
自然に矛盾無く景として立ち上がっちゃう訳ですよ。

大が付いてますので運動会や訓練も消えて、
読者が思い浮かべる場面は「大規模なデモ行進」ですよね。
ウィメンズマーチなのか、春闘なのか、反戦平和なのか、メーデーなのか、等々。
「個人の出来事」から「社会現象」に、大きく意味が変わってしまうんですよね。

大勢の人達と一緒に動き回った訳でも、デモ行進の参加でもないですよね。
ならば、その景は立ち上がらない様に句面を起こす必要があります。
「行進」と書いてしまうとデモ、運動会、軍隊や警察隊の訓練を
読者は想起してしまいますので。春雨でもホンの小雨なら上記は在り得ますので。

以下位で如何でしょうか。

A:春雨や傘打つ音の耳楽し
B:春雨の傘打つ音や耳楽し
C:春雨の傘打つリズム耳楽し

どちらを詠嘆するのがベストか、しないのがベストなのか
分かりませんので3案です。
これなら、「大規模デモだな」なんて誰も思いません。
「傘に降ってくる雨の音を作者が楽しんでいる」と、しっかり伝わります。

何となくの雰囲気、イメージで単語を選んでしまいますと、
作者が句で伝えたい内容と読者が句面から立ち上げる景が大きくズレて、
句の真意(本当の気持ち・意向。また、本当の意味)が正確に伝わらなくなります。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「信長に対ふ家康春寒し」の批評

添削した俳句: 信長に対ふ家康春寒し

 
ゆとりろさん、こんにちは。貴句、拝読いたしました。
この句は、ゆとりろさんらしくない様に私めには感じられました。
「動かす為の電圧が足りていない」印象です。

まず、作者コメントにお書きの「対等には程遠い同盟といえば、
信長と家康の関係に近い」のであれば、動詞「対ふ」は適していませんよね。
何故なら、意味は以下だからです。
一.自動詞(ハ行四段活用)
①:向き合う。向き合って座る
②:はむかう。敵対する
③:相当する。匹敵する
④:進む。出向く。出掛ける。時が近付く
二.他動詞(ハ行下二段活用)
①:向かい合わせる。向ける
②:敵対させる。はむかわせる
③:進ませる。出向かせる

どの意味でも「対ふ」は合わないんですよね。
その様な同盟ではなかったのですから。
家康から信長への書簡には「上様」と書かれていたらしいですからね。

そして、同盟と人物の関係性だけなら「清州同盟」とお書きになるだけで読者には
伝わりますし、信長から家康への「無理難題」や「恐怖政治的関係」のピークは、
新暦2月ではありませんよね。
具体的には、信長の命で家康が妻(築山殿)や長男(信康)を
処刑せざるを得なかった「築山殿事件」は、1579年の晩夏~初秋ですよね。
築山殿は8月29日に家康の命で殺され、信康は9月15日に切腹ですよね。
これも実際には信長が命じたのか、それとの父子不仲なのかどうか、
諸説ありますが。

同盟による家康側の悲劇、例えば1581年3月の遠江高天神城攻め等を
お書きになる方が、もっと読者に理不尽性が伝わるのではないかと
私めは思いました。

元句と作者コメントだけでは具体的に何を取り挙げれば良いのか客観的に
判断できない為、今回は添削例も作句例も無しですが、ゆとりろさんなら
お詠みになる実力おありですので、お考えいただければと
私めは思います。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 0

「砂日傘モグラの神の暇乞い」の批評

添削した俳句: 砂日傘モグラの神の暇乞い

 
西住さん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。

結論から申し上げますと、その句面では誰1人として映画『肉弾』には
辿り着けません。何故なら、季語「砂日傘」との取り合わせなので。
「砂日傘」は海水浴の時、日影を作る為に砂浜に挿し込んで使う大きな日傘。
ビーチパラソルの事。つまり、平和でないとできないレジャーに用いる道具です。

西住さんが句でお伝えなさりたいのは、『肉弾』の一場面ですよね。
ならば、それを素直にお書きになる方が、読者に伝わるのではないでしょうか?
元句のままですと、読者は「海水浴場でモグラでも見付けたのかな?
(暇乞い=死ぬの?)」位にしか思えませんでしょう。

岡本監督が描いたのは、不条理な戦時下の「生」と「死」のリアル。
砂日傘で戦時下なんて、一体誰が想像なさいますでしょうか?
戦時下と平和は真逆ですよ。

添削はハッキリ申し上げて不可能ですので作句例を残しますが、1点助言。
「読者が景を組み立てられる様に、単語の意味を調べたら句意が分かる様に
お詠みください」

A:海岸を守る陸軍若き夏

どうしても「モグラの神」を入れるなら、例えば以下。

B:学徒なるモグラの神の挑む夏
C:敵阻むモグラの神の若き夏
D:敵潰すモグラの神の若き夏

A~Dは全て「特攻兵(若者)」という実体と「夏」という季語を直結させており、
映画を知らなくても、読者は「本土決戦の焦燥感」が正しく想像し易くなります。
こうしてこそ、岡本監督への尊敬・敬意でしょう。

作者コメントはあくまでも読解の答え合わせ、添削の一次資料に過ぎませんから。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

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