真飛幽利は一人で暮らしたかった。の第4話 全4話で完結
最終話・真飛幽利は一人で暮らしたかった。の第4話
作者 桜田パエリア 得点 : 2 投稿日時:
そして、ずいぶんと時は経った。
俺はこの春大学を卒業し、あるIT企業に就職することになった。
そっちの業界は先進的で、パソコンとネット環境があれば、自宅で仕事をしても構わないのだという。
引きこもりだった座敷童子は、今日も変わらず三食しっかり食べて、ゲームにネット三昧。とはいっても、途中からゲームが上達し過ぎて攻略サイトを開設し、今では食費くらいは自分で賄っているのだから大したものだ。
「ユーリ、ずっとこの家で仕事をしてるのは……」
「ん?」
「もうすぐいなくなる、私のそばに居たいからなのか?」
アパートは、建て替えの話が出ていた。今年で確か築55年。両隣も俺が住んでいる間に空き家になって入居者はなく、無理もない話だった。
しかし、座敷童子は家に憑く妖怪。居場所をなくせば、元の世界に戻るしかない。
「そうだな、お前と離れることになる、その覚悟はしていた」
「して……いた?」
そう、俺は彼女に、過去形で言ってやった。
ちょうどその時、来訪者が部屋をノックしてきた。
「よっ、新入り。調子はどうだ」
俺が入った会社の先輩。金髪にピアスのいでたちが、会社のフリーダムなありようを如実に表現している。
「いまちょうど、彼女に話をするところでした」
「おう、キミかい。可愛い顔に似合わず、力押しが強いって話、そこのユーリに聞いてるぜ」
「お前、私が見えるのか?」
「そりゃそうだ、俺はネット退魔師。もちろんソッチの奴らもバッチリ見える」
「ネットに魔っが? 単に悪口中傷のテキストとかではなく、怪異そのものが?」
座敷童子は首をかしげる。
「おっと、ネット上に渦を巻く怨念や業火に気付いてなかったとは、嬢ちゃん、怪異や魔ってより、人間に近いってことだろうな」
「お前、それを次々倒してただろ?! まさか、気付いてないなんてな」
「ええ? 私はただ、頭にくる奴らを……」
彼女はこれまで、運営サイトで根拠なき批判を受けることがしばしばあったが、何やら呪詛を唱えつつ対応すると、いつでもすぐに鎮静化していた。
それこそが、怪異の中でもネットに通じた者だけが使える、強力な術。
「俺は再三、父親に退魔業を継げって言われてただろ。ネットなら、それでもできるかと思って」
だから俺は、父親のツテで、表向きはIT企業、実態は最先端の、ネット退魔企業に就職したということだ。
「なるほど、ネット上での退魔なら、ユーリも嫌いな霊だの妖怪だのとは触れ合わなくて済む、と」
座敷童子も、納得したように強くうなずく。
「そして俺の会社が、ここをネット退魔事業の拠点にすると、買収を決めてくれた」
「じゃあ、建て替えは……?」
「するわけないだろ、お前の力が必要だ」
「ってことで、オレたち同じ課の連中も、今度からこのアパートに勤務ってことだ。よろしく!」
「そ、そっか……ここでネットをやって……ユーリと、ずっと一緒にいていいのか」
驚き顔の座敷童子が、そのまま、涙をぽろりと流した。
「おっと、いい所を邪魔しちまうな、俺は退散だ」
意外に空気の読める人のいい先輩は、ゆっくりと退出してゆく。
俺はその後ろ姿に一礼した後、彼女の黒髪おかっぱ頭を抱き寄せた。
「そうだな、これからもずっと一緒だ」
中学のとき、俺は一人暮らしにあこがれていた。
けれどもそれはもう、過去の微笑ましい思い出話に過ぎないのだ。