もしも貴方の元に可愛い吸血鬼が訪れたなら…の第4話 全10話で完結
もしも貴方の元に可愛い吸血鬼が訪れたなら…の第4話
作者 家節アヲイ 得点 : 0 投稿日時:
「それじゃ、地獄に行きましょうかぁ」
マヒルがパチンと指を鳴らすと、目の前の空間がねじれるようにぐにゃりと変質した。
「……これは?」
「世界と世界をつなぐ扉のようなものですねぇ。今回は行き先を地獄に設定してありますぅ。維持するのはそれなりに疲れるのでぇ、早めにくぐってもらっていいですかぁ?」
その空間の先は墨を落としたように暗く、何も見えない。くぐったら最後、吸い込まれて消えてしまいそうな恐怖があった。
だいたい、俺が地獄に行くことを了承したみたいになっているが、微塵も納得したわけではない。吸血鬼は危険だ、とか、一日に一回人を襲いたくなる衝動に駆られる、などとマヒルは言っていたが、体が多少丈夫になったくらいで、精神的に何か変わったような実感があるわけではない。
「なぁ、マヒル。吸血鬼に例外は無いのか? その、さっきの吸血衝動が起きないやつとか……」
「いませんよ」
先ほどまでの明るい口調とはうって変わった、底冷えするような声色で否定するマヒロ。驚いてマヒロの方を見るが、俯いているせいで表情が読み取れない。
「……まあ、確認されてないというだけなので、もしかしたら例外というのは存在するのかもしれませんけどねぇ。それならそれで牢獄にて経過を見れば良いので、結局芥川さんには『地獄に行く』以外の選択肢は無いんですよぉ」
「……」
マヒルの頭上の光輪がチカチカと輝き、俯いていたマヒルが顔を上げた時には、感じていたプレッシャーのようなものもなくなり、そこには人好きのしそうな幼い顔立ちの少女がいるだけだった。
「というわけでパパっとくぐってもらっていいですかぁ? いい加減扉の維持に疲れてきましたのでぇ」
先ほどまでと変わらぬ様子で、にこにこと話すマヒル。
ここまで言われてしまえば仕方がない。マヒルから逃げ出してみるという手もあるが、逃げ切れる保証はない。それならば、ここで潔く言うことを聞いておいて少しでも相手の心象を良くした方がいいだろう。
「分かった、地獄とやらに行こう。それと、もし、俺に害がないと判明したら、家にかえしてもらえるのか?」
「えぇえぇ、万が一そんなことがあれば、ちゃんと元の場所に帰してくれるのではないでしょうか? もしかしたら、お詫びの一つでも貰えたりするかもしれませんねぇ」
「そうか……」
何か、やけにぼんやりとした答えだが、これ以上ここでうだうだしていても埒があかない。
ここは覚悟を決めて、扉とやらをくぐってみようじゃないか。
「それじゃ……入るぞ」
「どうぞぉ」
ゴクリと唾を飲み込むと、謎空間に手を伸ばす。中指が触れるが、特に痛みなどは感じない。
それならばと、目を閉じて思い切り踏み込んだ。
「……え?」
右足は、宙を踏み抜いた。
あると思っていたはずの地面はそこになく、体は前のめりになり、重心を見失う。
刹那の先に感じたものは、浮遊感だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
景色に一切の変化はない。ただひたすらの暗闇。
ただ、体正面に受けている激しい風圧が、落ちているという事実だけを示していた。
あまりの強風に耐えきれず目を閉じた時、後方から間の抜けた声が聞こえてきた。
「芥川さん、大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫なわけあるかっ! 中がこんなに危険なんて聞いてないぞ!」
「別に危険ってわけでもないんですけどねぇ。あと一分ほどで着きますよぉ」
「一分間この落下に耐えろと!?」
「もう、文句が多いですねぇ。大体、芥川さんも飛べば良いじゃないですかぁ」
「お前と違って、こちとら羽なんて生えて無いんだよ!」
「? 生やせるじゃないですか。吸血鬼なんですから」
「っ! そうか!」
そうだ、俺は今吸血鬼になっている。つまり、蝙蝠みたいな羽で飛ぶこともできるってことか!
しかし、現状羽が生えているような感覚はない。手を後ろに回して肩甲骨の辺りを触ってみるが、羽のようなものは確認できない。
「マヒル! 羽ってどうやって生やすんだっ!?」
「知りませんよぉ、私は天使であって吸血鬼じゃないんですから」
「それなら、マヒルの場合どうやって羽を出してるんだ!?」
「これは生まれつき体の一部なので出したり消したりなんて出来ませんよぉ」
「なっ!」
もうマヒルに頼るのは止めだ。自力でなんとかするしかない。
広背筋の辺りに力を入れてみたり、羽よ生えろと念じてみたりと試行錯誤をしてみるが、一向に効果は現れない。
そして、タイムリミットは来た。
「あ、芥川さん、出口ですよぉ」
「ちょっと待ってっ! まだ準備がっ!」
瞼の奥に光を感じ、風を無理矢理押しのけて重い瞼をこじ開ける。
目の前には、焦げ茶色の地面と美少女の驚いたような顔があった。
「え?」
「うぇっ!? ぶっ!」
制御のしようがない俺の体は、そのまま少女に向かって落下すると思われたが、少女は間一髪で身を滑らせる。
俺はそのまま地面に埋まった。