深緑の第4話 全4話で完結
最終話・深緑の第4話
作者 丸鶴りん 得点 : 1 投稿日時:
「――ごめん」
絞り出すように、文月は言った。
「部活とか、将来のこととか、2018年でやり残したことがいっぱいあるからな。俺はそっちには行けない」
「――そっか。そうだよね、ごめんね。無理言って」
紫鏡の目から大粒の涙が一粒こぼれた。
「おい、何泣いてんだよ……」
文月は面食らう。
「うん……今だから言うけど……。私、実はちょっと文月に惚れてたんだよね」
「おいおい、こんな時に冗談はよせよ」
「冗談じゃない。本気だよ」
紫鏡は真っ直ぐに文月を見据える。
「――私、諦めないから。40年後に、必ず文月を見つけるから。だから――」
紫鏡の声が、途中から小さくなる。
「え?」
聞き返そうとした次の瞬間。文月は夕暮れのホームに立っていた。
駅のホームにあるポストの、某宗教団体の新聞を手に取り、日付だけ確認する。紫鏡と一緒に、三時間後の電車に思いを馳せていた、文月にとってはつい今朝の日付だった。夕方になっていたのは、『できれば戻っても暑い中電車を待ちたくないな』という少しの邪念が入ったからか。
「しきょーさん?」
駅のホームに向かって呼びかけてみても、もちろん返事はない。
文月ははぁ、と、深く長い溜息をついた。
「――えっ?」
『自宅』の前で文月は目を丸くした。一戸建てとはいえど、小さな小さな家だったはずの我が家が、テレビで取材されているような豪邸に変貌していた。念のため表札を確認したが、表札の文字は紛れもない『三国』。この辺りでは珍しい苗字なので、間違いようもないだろう。
「おじゃましまーす……?」
自宅のはずなのに何故かそんな挨拶をしながら、文月は帰宅する。
「あら、文月! 遅かったじゃない!」
自分を出迎えた母親は、紛れもなく自分の母親だったのだが、なにやら高級そうなドレスを着ていて、これまた高級なエステにでも通っているのかだいぶ若返っていた。
「えーと、お母さん。うちってこんな豪邸だったっけ……?」
「何言ってるのよ。お父さんに素晴らしい経営アドバイザーがついたおかげで、うちの事業は昔っから軌道に乗りっぱなしじゃない」
「経営アドバイザー」
「それにしても、バブル崩壊もリーマンショックもまるで知ってたかみたいに回避しちゃうし。まるで未来が見えてるみたいな人よね」
「未来が見えてる」
嫌な予感をもたらす言葉を文月は復唱する。
「そういえば、今日は一緒にお夕飯を食べる約束よね。なんでも、文月との秘密の記念日なんですって。ねえ、何の記念日なのか、お母さんにも教えてくれて、いいんじゃない?」
嫌な予感が最高潮に達したとき、文月の背後でインターホンが鳴った。まだ鍵はかけていないので、そのままドアが開く。
「あ、文月! 久しぶり! って言っても、そっちとしてはさっき別れたばかりだっけ? いやー、文月のコトが好きだって信じてもらえるように、あれから私、超頑張っちゃった!」
「お、ま、え、は! 頑張りすぎだー!!」
文月は振り返りざま、白髪交じりのポニーテールにチョップを決めた。